第22話 ポン酒のアテと工場の空き地にある基地
「あのー……」
ゆったりとした後部座席の座り心地を確かめながら誠は手を挙げて質問した。
運転席の小さなランは大きな座席にちょこんと座っている。彼女がなんとか運転ができるのは足元のペダルに下駄が履かされているからだった。
「……んだよ」
しばらく無視を決め込んでいたランが信号待ちで車の流れが止まったタイミングで振り返ってそう言った。
「ナビ……付けないんですか?……と言うかナビのあった場所、スカスカで気持ち悪くないですか?それともナビの無い車種ですか?そんな車なんてあるんですね……初めて見ました」
誠はそう言ってランが座る運転席の隣にある大きな画面を指さす。
「ナビ?半人前が説教か?笑わせんなよ。……カーナビのことか。付いてねーよ、この車。つーか外した。機械の指示で運転なんてまっぴらだ。虫唾が走る。完全な自動が嫌いでね……オメーは良いよな。下手で馬鹿で間抜けだから」
ランは吐き捨てるようにそう言うと再び運転に集中した。
「実働部隊ってどこにあるんですか?それ聞かなかったです……どこにあるんです?」
純粋に疑問に思ったことを誠は素直に口にした。ランは誠の表情を見て一瞬唖然とした後、右手で頭を軽く叩きながら再び進行方向に顔を向けた。
「オメーの配属先は何処だ?」
明らかに怒りを抑えていることがわかる口調でランはそう呟く。
「正式名称が無茶苦茶長くて、なんだか『特殊な部隊』って呼ばれてるところですけど……」
素直に誠はそう言った。
「そいつは何処にある……」
ランはより怒りを強めながらなんとか言葉を絞り出す。
「知りません……って言うか……司法局直属実力行使機動部隊ってなんです?『特殊な部隊』ってなんです?特殊浴場のことですか?」
純真で無知な表情を浮かべて誠は心に思ったことを口にする。
運転中だというのにランが振り返った。幼い、話ではどうやら実際は幼く見えるだけで幼くはない彼女の顔は怒りに染められていた。
「このクソ野郎!テメーはパイロットだろ?まあ、使えねード下手だけどな。だったら『シュトルム・パンツァー』を使う所に決まってるだろ!書類上オメーの席があんの!頭に白子ポン酢だろうがあん肝だろうが詰まってんだろ!ポン酒にアテにちょうどいいのが!察しろ!理科大出てんだから!偏差値70なんだから!」
「危ないですよ!興奮しないで!前見て!前!運転中です!」
激高するランに慌てて誠は叫んだ。ランも我に返り運転に集中するようにハンドルを握りしめながら前を向いた。
「オメー……何にも知らないんだな……」
自分自身を落ち着かせるような静かな口調でランは言葉を絞り出す。
「司法局は知ってますよ。同盟加盟国の警察を統括する組織で、国際犯罪の捜査の指揮とか、海外逃亡犯の情報を配ったり……まあテレビのニュースにも時々出てきますから。でもその下の組織に『実働部隊』なんてものがあるなんて……聞いたことが無い……業務上、機密が必要な組織なんですか?」
その言葉は誠の本心だった。辞令を受け取ったときも、自分みたいな落ちこぼれが行くところだからどうせろくなところではないと思っていた。誰も知らない組織と言うのも理解できた。ただ、そうであれば、隠密活動が求められるような精鋭部隊とは考えずらい。そうなると……誠の脳は、ただ疑問に振り回されるばかりだった。
「なあに、所属なんてーもんは方便って奴だ。まあ、お巡りさんの身分があると色々便利っちゃー便利だしな。うちの『仕事』とされてるもんは、正規の兵隊さんが政治的理由とかなんやらで出ていけないところに出かけてって喧嘩すること……まあそんぐらいの知識でいーんじゃねーか?今んところ……まあ、うちが何者かなんて知識が必要になるまで、オメーが逃げ出さなかったら……そん時、教えてやんよ。そん時」
誠はランの言葉を聞きながら、不安を感じてバックミラーを覗き見た。そこに見えるランの口元は笑っていた。
車はそのまま、ここ東和共和国の首都、東都都心の二車線道路から東に向かう国道に乗り入れた。
「このまま行くと……海ですね」
国道を進むランの黒い高級車。誠は沈黙に耐えかねてとりあえず話をしてみた。
「海だ?そんなに行かねーよ。後は豊川の基地まで50キロ。時間とすれば一時間前後……まー渋滞が無ければだけどな」
運転を続けながらランはつぶやく。