笑顔が見えるまで
翌日はルーイの言った通り、慌ただしい出発となった。必要なものだけを買い足し、慌てて街を出る。街の様子を見たい気もするが、『大きい街じゃない』ルーイのその言葉を信用することにした。
ルーイの案内が信用に足るものだと知ってから、その提案に異論を示すつもりもない。街を出て、これまでよりも少し歩くペースを早めながら次の街へ向かう。その道中は情報共有に費やした。
「次の街まではそんなにかかるのか?」
「休憩入れつつ、半日以上かかる。暗くなる前にたどり着いておきたくて、焦らせて悪かったな」
「いや。ルーイの言うことは信用できる。文句はない」
「俺の言うこと? 信用しちゃう?」
「あぁ」
ルーイの冗談を交えたような声色にも、裏読みをすることなく、頷いた。こんなにあっさり人を信用できるなどと、思いもよらなかった。
「えぇ?!」
「なぜ驚く?」
「い、いやぁ。俺、信用ねぇからさ。すぐに逃げるし」
ククッ。私はつい、喉の奥で笑った。私の返事にルーイが驚き慌てる様がなんとも愉快だ。
城では自分の感情を隠して、殺して、そうしてきた私がこのように振る舞っているとは。城にいた時は考えられなかったな。
「私からも逃げるか?」
「あ、い、いや。多分、逃げねぇ。怖いし。逃げ切れなさそうだし」
ルーイの視線は私の腰に下げてある、剣を見つめた。昨日は熊まで倒したそれは、危険物には違いないだろう。
「追いかけるからな。このような所で見放されては、野垂れ死にしそうだ」
私はつい、周りにある砂山を見渡す。ルーイの話にあった砂漠であろう。ルーイは地図も見ずにどんどん進んでいくが、私はもう既にどちらから来て、どちらへ進むべきかを見失っていた。
「お、追いかける? 逃げねぇって。アイシュタルトといるの楽しいし」
「逃げぬのなら、追いかけぬ。私も愉快だ」
「愉快ぃ? それなら、もう少し楽しそうにしろよ。笑い声も押し殺してさ。つまんなくねぇ?」
「つ、つまらなくなど……愉快だと言っているだろ?」
「アイシュタルトはいつも楽しくなさそう。騎士っていうのはみんなそうなのか? 顔も作りものみたいだ」
「騎士……というか、城の者はみなそうかもしれぬ。感情を読まれぬよう、隠しておる」
「何で?」
「何……ふむ。良くないことを考える者がおるからだろうな。自分の感情が読まれれば、つけ込まれる」
「ふぅん。嫌な世界」
「フッ。そうかもしれぬ」
「あーあ」
ルーイが少し退屈そうに声をあげる。そして、私の顔をじっと見つめた。
「な、何だ?」
「いつか、アイシュタルトが笑った顔が見たいな。作りものみたいじゃなくて、バカみたいに大口開けてさ」
「私がか?!」
「そう! ぜったい、その方が楽しい!」
私が、大口を開けて? ルーイの想いもよらぬ発言に、苦笑いを浮かべるしかない。
「決めた! 俺、アイシュタルトの笑い顔見るまで、一緒に旅するからな!」
「な! そんなふざけたこと……」
「嫌なら今すぐ笑えば良いだろ?」
「む、無理だ」
「それなら、まだまだ一緒に旅するしかないな。次の次の次の……どこまで行こう」
「い、一周終わってしまうのではないのか?」
「え?! そんなに笑わない気?」
「大口開けて……は無理だ」
「仕方ないなー。そしたら二週目だな」
「さ、流石に資金が足りぬぞ」
「そしたら、アイシュタルトが獣を狩って、売ろう! 熊も持ってこれば良かったなー」
私は目の前が真っ暗になった。便利に使える者を手に入れたつもりであった。だが便利に使われるのは、私かもしれぬ。