1 情事に珍入!?
暗い。
冷たい。
それから、固い。
ミチルが意識を取り戻したのは、そんな場所だった。
場所と言っても具体的にわかるはずがない。
とにかくミチルが投げ出されたのは、暗い部屋の冷たくて固い床だった。
「う……」
微かな呻きとともに、ミチルはゆっくり体を起こす。
夜のように暗いけど、本当に夜なのか?
ジェイは?
アニーは?
エリオットは?
ミチルの側には誰の温もりも感じなかった。
また、はぐれてしまった。
今度こそミチルは寂しくて泣きたくなった。
辛うじて涙が引っ込んだのは、ミチルが孤独を感じる前にものすごい音を聞いたから。
「ああーん♡」
甲高い、艶かしい声だった。
「えっ、ナニ!?」
ミチルは我が耳を疑った。
聞こえたのは完全にナニの声だったからだ。
「いやーん♡」
よせばいいのに、ミチルは声のする方を探してしまった。
ベッドがそこにあった。ちょっと揺れてる?
「……!」
よせばいいのに、ミチルはベッドの上で絡み合う二つの人影を凝視してしまった。
悠然とベッドの上で座っている長い銀髪の男。
そこに覆い被さっているもう一人。
「あっはーん♡」
「きえええええっ!!」
ミチルは興奮と驚愕で思わず悲鳴を上げた。
ひとつ断っておくと、ミチルはエッチな動画を一切見たことがない。
一緒にふざけて観てくれる友達がいなかったからだ。エッチな漫画や小説は、読んでも耳年増になるだけ。
故に、ある意味純粋培養で育ったミチルは、こんなものを見せられて正気が保てるはずもなかった。
「誰っ!? イヤー!!」
覆い被さっていた人物は、ミチルの姿を確認すると、それまで愛想を振り撒いていた銀髪の男を置いてバタバタと立ち去った。
暗がりで、それが女だったのか、男だったのかもわからなかった。
「えっ、ええっ!?」
ヤヤヤ、ヤバイぃいい!!
お楽しみを邪魔してしまったぁああ!!
ミチルは口を開けっぱなしで、血の気が引いたまま動けなくなった。
これまでの比ではない、不審者MAX!
王子様の寝所にいたことさえ、些細なことに思えた。
「誰か、そこにいるのか?」
出て行った人とはまるで違う、低いテンションの声がした。
ベッドの上で悠然とされるがままになっていた、銀髪の長髪男だろう。
「あうあう……」
ミチルは完全に腰が抜けている。二重の意味で。
「どうやって、ここに入った……?」
男の声は次第に怒気を孕んでいった。
そりゃそうだ。お楽しみの邪魔をしたのだから。
ベッドを軋ませて男が降りる。がっしりした筋肉の肌がチラッと見えた。
床に脱ぎ捨てられていた、ガウンのようなものを羽織って、その男はミチルに近づいた。
「うあうあ……」
殺される、と思った。
暢気なミチルが瞬時にそう直感してしまうほど、男の視線は刺すように鋭い。
暗い部屋の中で、男の長い影が、いっそうミチルの視界を黒に染める。
「……うん?」
男は一瞬躊躇った後、何処かに手を伸ばして灯りをミチルにかざした。
銀色の長い髪がサラサラと、淡い光を浴びて仄かに光る。
面長で、少しだけくたびれたような頬は、渋く年齢を重ねて色気があった。
あっさりした顔立ちのアジア系。お母さんがよく見る海外ドラマに出てくるような、日本で言えば塩顔の。
「なんだ、ガキか……?」
もう何度も言って飽きたかもしれないけど、やっぱり言いますね。
超絶美形ッ!!すでに神!!
そんな美の化身のような男性が、ミチルの惨めな姿を不信感たっぷりの眼差しで見つめていた。