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「高校に入学したばかりの頃の話なんだけどね」
「うん」

 巫女さんが合流するまで真奈美の話を聞くことになった涼佑は、彼女の好きなようにさせたまま、時折相槌を打つ。彼と密着した形になっているが、気にしていないのか、それともその方が安心するのか、真奈美はぽつりぽつりと語る。

「入学したばっかりだから、知ってる人いなくて、当時の私は友達ができなかったの。でも、ある日絢が話しかけてくれて……すごく、嬉しかった」
「うん」
「私も占いは少しだけ知ってたから、占いを通じて絢と仲良くなって……その頃から何だか私は有名だったみたいだけど、よく分からないの。それで、絢を通じて友香里とも仲良くなって――だから、二人は私にとって、とても大事な存在なの」
「うん……」
「だから、二人を置いて行ったこと、まだ納得してない。ちょっとだけ涼佑くんのこと、嫌いになった……」
「うん、ごめん……」

 また静かに涙を流す真奈美に、今度は涼佑が話す番だった。口では嫌いと言われたが、おそるおそる彼女の頭に手を置いても、真奈美は振り払うようなことはせず、大人しく乗せられたままでいた。

「オレ、さ。あの時、真奈美がオレを助けてくれようとした時、凄く嬉しかったよ。どうすればいいのか分からなくて、途方に暮れてたから。真奈美が色々教えてくれて、巫女さんと出会えて感謝してる。だからさ……嫌いで良いよ。嫌いで良いから、何とかしよう。直樹達も一緒に出られる方法、考えよう」
「…………うん」

 漸くいつもの冷静さを取り戻してきたのか、真奈美ははっと気が付いて涼佑から離れた。少し恥ずかしそうに俯いていたかと思うと、涼佑を真っ直ぐ見て「さっきは、ごめんね。嫌いなんて言って」と謝った。それに「気にするな」と返したところで、巫女さんが上空から二人の前、鳥居の内側へ着地した。

「ふぅ~……危ないところだった。おい、涼佑。先を急ぐぞ。……絢のことは残念だが、そろそろここでお前達には話しておくか」
「なんだよ? 巫女さん」

 納刀し、少し乱れた髪を直すと、巫女さんははっきりと言った。

「直樹達のことなんだが、助けられるかもしれん」
「……えっ!? そうなのか!?」
「うむ」
「ど、どうすればいいの?」
「そもそもお前達、この夢に何か違和感は無いか?」

『違和感』と言われても、涼佑達にはよく分からない。絢から聞いた元の話を思い返しても、特別変わったところも無いように思える。そんな二人に巫女さんは人差し指をぴっと立てて簡潔に言った。

「これは『転んだら死ぬ村』だろ? 文字通りに受け取るなら、転んだ時点で夢を見ている者は死んだ、ということになる。が、今までこんな夢で実際に人が死んだなんて話聞いたことあるか?」
「う~ん……あ」

 巫女さんに言われて、二人は漸く彼女が言っていた『違和感』の正体が分かった。言われてみれば、確かにこのような話は絢から聞かされるまで、聞いたことは無い。そんな奇想天外な事件が起これば、報道されない訳は無い。

「で、でも、寝てる間の殺人っていう可能性もあるだろ?」
「だとしたら、それこそマスコミが放っておく訳が無いだろ。実際に死人が出ていたとしたら、尚更だ。それにその場合、この怪異は無関係で外から侵入した強盗や殺人鬼の可能性を疑った方が良いだろ」
「う……た、確かに」
「だから、今までこの怪異で死人は出てないって考えた方が自然だ」

「だとしたら――」と巫女さんはやや思案して、もう一つ疑問を提示した。

「それに妙だと思わないか? 直樹達も村人達も皆同じように転がされて川に落ち、どこかに流されている。もし、村人も夢を見ている誰かだったら、外部から侵入してきた者達を捕まえていると考えられるが、違うだろ? ここの村人はあくまで、かつて実在していたかもしれない村の住人でしかない」
「……そういえば、そうだ。ただ死なせるのが目的なら、どこかに流す必要なんて無い。その場に置いておけばいいだけだ」
「じゃあ、みんなは死んだ訳じゃない、ってこと、なの……?」

 真奈美の問いに涼佑も巫女さんもはっきりとした答えは出せない。まだ分からないことがあるからだ。

「――あの川の行き先は見たか? 涼佑」
「いや。巫女さんは?」
「私も見てない。……というか、私達が最初に立っていた場所がこの世界の端なんじゃないか?」
「端……?」
「要は私と涼佑の開始地点はあの川原なんじゃないか? あれ以上、川どころか夢の領域なんて無かったとしたら……」
「で、でも、だったら、あの川に流された人達はどこに……?」
「――涼佑、お前は何か知ってるんじゃないか? はっきり言って、もう私達には悩んでいる余裕は無い。できれば、情報は共有して欲しい」

 巫女さんに促されて一瞬、涼佑は話そうか話すまいか迷った。というのも、この情報はみくに確認してからでないと確信が持てないものだからだ。そのことを前置きとして言った上で、彼はあの週刊誌の記事に書かれていたことを思い返すしながら説明した。



「なるほどな。確かにそれはみくに突き付けて裏を取るしかないだろう」
「涼佑くん、よく見付けたね」
「見付けた……っていうか、落ちてたっていうか。まぁ、それはいいか」

「そうと決まれば、さっさと行こう」と巫女さんは再び先頭を務めるようで、緩やかな山道を進み始めた。涼佑はもう一度、ポケットに入っている記事をちら、と見る。これをみくに突き付けるのは、本当に酷なことだと心を痛めたが、自分達だって友達を奪われている。説得に応じてくれればいいがと考えつつも、先を行く真奈美の背を追いかけるように涼佑も後に続いた。

 境内へ続く山道ではあの腕は襲って来なかった。というより、巫女さんと涼佑はあの腕達はここへ入ることもできないのだと直感していた。真奈美が終始、不安そうに辺りを見回している姿を見て、涼佑は「もう大丈夫だよ」と言うと、不思議そうにしながらも何となく納得してくれたようだ。それでも早く三人を助けなければと焦りが出て、涼佑と真奈美は何度か転びそうになったが、その度に互いに支えたり、巫女さんに持ち上げられたりして、山道に敷かれた石の階段を結果的にゆっくり上って行った。
 やっと境内にまで戻って来た涼佑達は社殿の方を見て、すぐにみくを見付けた。みくは最初の幼い姿でも、ここに初めて来た時に見た老婆の姿でもなく、若い大人の姿で一心に何かを願っていた。その口からは切実な響きを持った願いがずっと紡がれている。

「どうか、誰もこの村から出られないようにしてください。どうか、どうか、どうか……」

 石畳に両膝を付いて手を組み、必死に願っているその背中に涼佑の静かな声が掛けられた。

「もう終わりにしましょう、未来さん。どんなに願っても、もうあの人は帰って来ません」

 その言葉が聞こえたらしく、未来はぴたりと動きを止め、ゆっくりとこちらを振り返る。その顔は正に敵意を表したように目は据わり、口を真一文字に結んでいた。未来がこちらへ意識を向けたと分かると、涼佑はポケットからあの記事を取り出して見せる。

「この事件の被害者は……あなたの好きだった人とその家族、ですよね」
「……あ、あ、あ、あ、あぁああああああ……っ!!」

 涼佑が見せた記事の見出しを目にした途端、未来は驚愕と衝撃、絶望を叫んで頭を掻きむしった。その様子から涼佑達は直樹達の居場所がどこなのか、確信した。
 そこにはある殺人事件について書かれていた。

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