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彼女の話

 彼女はモコモコした毛布を持って戻ってきた。
「これを使いたまえ」
「サンキュー」
わしは受け取った毛布を膝の上に乗せた。
暖かい。

「ところで」
彼女は座ってひと息ついてから切り出した。

「どうやら君は私の背中が気になるらしい」
「……バレとったんか」

彼女は得意げに胸を張った。

「女の子は視線に敏感なのさ」
「女の、子……?」

「おいこら。そこに疑問を抱くな。私まだ22だぞ。女の子でもいいだろうが。いや、そんなことはどうでも良くてだな。気になるだろうし、一応説明しておこうと思ってね」

「なんか事情があるんじゃろ? 別に話したくないことなら話さんでいいぞ。そこまで興味もないし」
「いや、むしろ誰かに聞いてほしいんだ」

「はぁ……。そうか。まぁ確かに大事なことほど、どうでもいい奴の方が話しやすかったりするしの」

「そんな風には思っていないさ。仲良くなりたいから曝け出すんだよ。聞いてくれるかな?」
「あんたが話したいのなら聞こう」

彼女は手に持った空のお猪口をじっと眺めながら話し始めた。

「さっきも話した通り、私はこの家に対して反抗的だ。そして昔はそれが今より更に酷かった。毎日両親と怒鳴り合いの大喧嘩をしていた。声が()れるまでお互いの主張をぶつけ合ったが、私たちは一歩も譲らなかったからいつまでもそれは続いた。それが……確か高校生くらいの時のことだったと思う。私は小さい頃からちょっと低めの声だったんだが、毎日大声を張り上げるせいで喉を傷めたのか、その頃はずっと声がしゃがれていた。まぁ、今声が低いのは完全に酒焼けだがね。ははは」

「そうか。……今のところ背中に墨を入れた話になる感じはせんがの」

「まあまあ待ってくれよ。そう急かすな。ちゃんとその話に繋がるんだ」

「あんた酔っ払っとるからのぉ。その言葉は信用ならん」

「ははは。まぁ大丈夫さ。……それで、親の支配に対してどうにも我慢が出来なくなった当時の私は、親が絶対に許さない事をすることにした。それがこれだ」
彼女は腕を曲げて軽く背中を叩いた。

「そんな風に聞くと、随分軽いノリだったみたいに聞こえるんじゃが……」

「いやいや。かなり悩んださ。でもあの時の私はそれしか自由になる方法が思いつかなかったんだ」

「んー。まぁ最終的にはあんたの自由なんじゃし、口出しするようなことじゃないか。温泉に入れなくなるのが嫌じゃからわしはせんけどな」

「あー。確かに受け入れてくれないところは多いが、中には入れるところもあるよ。この近くにもあるんだよ?」

「マジか。そりゃ知らんかった。あ、話遮ってすまんかったの。続き、聞かせてくれ」

「ああ。背中にこれを入れた後、両親は私を殺すような勢いで責め立てた。私は当時お嬢様学校に通っていた、もとい親に通わされていたんだが、こんなことがバレれば当然即退学だ。その他にも色々な問題がある。世間様に知れれば、家名を汚すことになるだろう。それを恐れて両親が私を勘当することに私は期待していた。しかし、なんやかんやあったんだが、最後には絶対に隠し通せと命じられるだけで勘当されることはなかった。なぜだと思う?」

「そうじゃのー。……多分じゃが、目の届くところに置いておいて監視するためじゃないかの。勘当しちまったらあんたが実家の名前を出してあることないこと吹聴して回るかもしれんし」

「当たりだ。おそらくな。直接本人たちから聞いたわけじゃないが、十中八九それが理由だろう。まぁこの話は一旦ここまでにしておこう。次に君がもう一つ気になっているであろうことを話そうと思う」
「ん? なんじゃ?」

「私がなぜこんなに男性用の物を持っているか、ということさ」
「ああ。確かに気になるかもしれんな」

「では話そう。まぁさっきの話の続きみたいなものなんだがな。高校の時、私が下校していると後ろから声を掛けてくるものがあった。知り合いじゃない。他校の制服を着ている男子生徒二人だった。そいつらに所謂ナンパをされたんだ。私は高校では周りに合わせてお上品に過ごしていたから、学校帰りの時はいつも疲れ果てていた。そんな時に馴れ馴れしく声を掛けてくるものだから、つい無視してしまったんだ。私の態度が気に入らなかったのだろう、男子生徒の一人が背を向けて歩き出した私の制服の襟を掴んでグイッと引っ張った」
「穏やかじゃない展開じゃの」

「多分着ている制服から私の通っている学校が分かったんだろう。その地域じゃ割と有名な学校だったからな。そしてお嬢様学校の奴だからと舐められていたんだろうな。私は引っ張られるままに尻餅をついた。いい加減イライラが限界に達していた私は、二人を路地裏に連れ込んでボコボコにした」
「は?」

「昔から護身術は叩き込まれていたんだ。その辺のチンピラに負けたりはしない」

「なんか結構動けるお嬢さんだとは思っとったが、なるほどの」

「そこからが問題だったんだ。そいつらに何故か男だと勘違いされてしまった。喧嘩の強さや声の低さからそう判断したらしい。そいつらの中では、私は何らかの事情があって女装してお嬢様学校に潜入している元ヤンだということになったらしい。そして私に助けを求めてきた。どうやらそいつらの所属している不良グループが近日中に他のグループと喧嘩することになり、その助っ人として参戦してほしいとのことだった」
「急展開じゃの」

「そうなんだ。本当に急な出来事だった。それからなんやかんやと事が進み、結局私はその要請に応じて争いに参戦した。そして敵のグループをほとんど一人で壊滅させた。そのせいで不良グループのリーダーをさせられることになったんだ」
「どこで道を間違ったんじゃろな」

「分からない。まぁそんなわけで不良たちをまとめ上げることになった私だが、その不良たちからは完全に男だと思われていた。だから私は男のふりをするために男物の服を着てた。パンツまで男物を着用していたのは、なんていうか……形から入るのが大事だと思ったんだ。と、まぁそういうわけだ。当時の名残で今も私は男性用の物を持っている。疑問は解消したかな?」

「ふーむ。大分端折られた感は否めんが、まぁ大体分かった。あんたも中々面白い人生を歩んどるんじゃな」

「君には及ばないさ。あ~。こんなこと誰かに話したのは初めてだ! なんだかすっきりしたよ。聞いてくれてありがとう」
「こちらこそ。面白い話が聞けて満足じゃ」

「今夜は幸運だった。良き友人に巡り合うことができたのだから」
「お互いにな」

「もしまたこの辺りに立ち寄ることがあれば是非顔を見せに来てくれ」
「ああ」

わしらはその後も酒を片手に色々な話をした。

彼女はわしに夢を語った。
いつかこの場所から遠く離れた土地で自由に暮らすんだと笑顔で話してくれた。

そうして夜は更けていった。

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