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彼らは今。

「せんせー、見て見て」
「よくできてるねー。ゆうき君が作ったの?」
「うん!お父さんと一緒に日曜日作ったんだ!」
「お父さんと仲いいんだねー。素敵なお父さんだねー」
 今日も嘘をついた。本当は心底どうでもよかった。むしろ授業に関係ないものを持混んでもどうせ壊したりなくしたりして面倒だからやめてほしかった。
 加山祐樹はよくこういった工作を学校にもってきては自慢していた。その対応が面倒で苦手だ。と今日は思ったが、思い出せば初めて会った時からなんとなく苦手に感じていた。
 学校から駅までの道で今日ついた嘘を思い出してまた自己嫌悪が胸を食い破った。
 駅につき、改札を通ってホームで電車を待つ。始は決まって帰りの電車を各停にしていた。生徒たちがちょうど布団の中に入るくらいの時間帯の各停は人が少なく気に入っていた。人が細かく乗り降りする各停は寂しさと何とも言えない温かさを感じさせた。電車という誰も自分に感情を持つことも誰かに感情を持つことも必要ない空間は始の仮面を脱ぐのにちょうどよかった。
 始はその電車の中であの会話の相手が今どうしているのか考えた。そうすることでこの行き場のない罪悪感から逃れる道が見える気がした。この電車の中に彼がいるかもしれない。彼は今どうしているだろうか。今も自分のように苦悩を抱えて生きているだろうか。もしそうだったらまた話したい。顔も名前も覚えていないのに、そんなことを考えた。

 スーパーの生鮮食品売り場の肌寒い空気の中突如彼女が言った。まるでその日の夕飯のメニューを提案するかのように軽く。
 「雄一、私たち、結婚しない?」
「うん」
雄一は即答した。
 雄一は今までそんなことを考えたこともなかった。なんとなく一緒にいて、それがなんとなく心地よかったからという理由で始まった関係だった。しかし雄一には彼女の提案が随分しっくり来た。考えるよりも先に返事をしていた。

 そのスーパーからの帰り道、川からの風に吹かれゆったりとしたTシャツをたなびかせながら雄一はあの頃に思いを馳せた。
 そういえば昔はなんとなくで人と付き合いを持つことに罪悪感を覚えていたな。それがなんとなくで結婚をするというのだ。なあ、名前も覚えてないけどさ、感謝してるよ。お前の言葉に救われたよ。あいつは今どうしてるだろうな。会って話したいよ。礼とかは、まあいいかな。

 「また青鯖が空に浮かんでる。」
彼女は微笑んでまた言った。その声は普段の淡白さとは少し異なり、柔らかく、温かみがあった。風で揺れる長い髪が夕日で朝の川面のように輝いていた。雄一はこの時間をセロファンで優しく包んでずっと取っておきたいとすら思った。
「気に入ったのね。その喩。」
「うん。なんとなくね。」
「そういえば言ったことなかったけどさ。俺、なんとなく君が好きだよ。」
「私もなんとなく好きだよ。」
二人で笑いあう。二人の輪郭は斜陽が曖昧にしていた。

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