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11 くしゃみ、よたび

 ミチルとイケメン三人がアルブスを発って三時間。すでに王都は見えなくなっており、平坦な道が森沿いに続くだけとなっていた。

「む。せせらぎが聞こえる。川が近いようだ」

 ゆっくりと立ち止まったジェイが森の方を向く。

「マジかよ、どんな耳してんだお前」

 少しバテはじめたアニーが荒い息を整えながら言った。後続のエリオットとミチルにも疲労の色が顔に浮かんでいる。ちなみに、エリオットは未だミチルの手を離してはいない。

「水汲みがてら、川のほとりで休息を取ろう」

 ジェイの提案に、他の三人は両手をあげて喜んだ。



「川だ! 喉乾いた!!」

 街道を少し外れて森に入ると、ジェイが言ったとおりすぐに川が流れていた。それを見つけるなりエリオットはミチルの手を引いたまま走りだす。

「んぐんぐ、あー! うめ! 城の井戸水よりうめえ!」

「エリオット、あんまり沢山飲んだらダメだよ」

 ミチルはそんなエリオットの様子についつい世話を焼く。

「なんで?」

「いくらキレイな川でも生水でしょ。いっぱい飲むとお腹壊すよ」

「へえー、そういうもんか!」

 エリオットはもしかしたら初めての経験ばかりかも知れない。ミチルはこの大きな弟のような王子様の面倒を見なくちゃと人知れず拳を握る。

「フフッ……! 完全に弟扱いじゃん、世話焼かれてんじゃん」

 そんな二人の様子を後ろから見ていたアニーがまた笑う。
 エリオットはやや頬を赤らめてミチルに強がった。

「そんなことはおれだって知ってるし! 今のはミチルを試しただけだしぃ!」

「はいはい、エライエライ」

「ミチルはまたおれをコドモ扱いしてえ!」

 足元の草をバサバサ踏んで、エリオットはミチルに軽くあしらわれた事を抗議する。その様もアニーに笑われていた。

「──うむ。これで水の補給も完了だ」

 会話に参加してこないと思ったら、ジェイは黙々と皮袋に川の水を詰めていた。

「あ、ごめんね、ジェイ。一人でやらせちゃって」

 ミチルが駆け寄ると、ジェイはニコと笑って答えた。

「気にするな。この中では私が一番消耗していない。これくらいはどうと言うこともない」

 川面のキラキラを受けてジェイのキラキラスマイルがいっそう際立つ!
 ミチルはドッキドキで照れてしまった。

「え、えへへ……さすが、出世した、よねえ」

 ぽやぽやもじもじしているミチルを、エリオットは歯軋りして見ていた。

「おれも、あんな風な態度されたいのに……っ!」

「お前は早くオトナになるんだな」

 そしてアニーはシラけた視線でエリオットに言う。だが胸中ではもの凄く焦っていた。このオコサマに構っている間にジェイの株がどんどん上がっていくからだ。



「うわあああ! ケーキじゃん!」

 ミチルは顔を輝かせて喜んだ。出発の際、スノードロップが持たせてくれたお弁当を広げてみると、沢山の焼き菓子が入っていた。
 
 クッキーのようなものもあれば、パイのようなもの。そしてミチルの目を引いたのがリンゴのような果物が乗ったタルトのようなものだ。
 この世界での食べ物の名称がわからないので、ミチルは全てに「ようなもの」をつけるしかない。

「へえ、驚いたな。あの爺さんマメなんだね」

 アニーもそれらをしげしげと見つめて感嘆の声を上げた。

「クソ魔ジジイの趣味なんだよ。『森の中の魔法使いはやっぱり菓子じゃ』とかなんとか意味不明なこと言ってた」

 エリオットの言葉に、ミチルはあの童話を思い出す。森の魔法使いはお菓子が作れてナンボなのかもしれない。

「うむ。甘いものは疲れがとれるから助かるな」

 心なしかジェイも嬉しそうな顔をしていた。

「いただきまあす! ……ふぉっ! お、おおっ、おいひぃいい♡」

 ミチルは口の中を甘い砂糖と甘酸っぱい果物で満たして歓喜に震えた。まさか異世界で、こんな辺鄙な森の中でスイーツが堪能できるとは。

「……」

 幸せそうに菓子を頬張るミチルに、イケメン三人はなんとなく黙ってしまった。
 三人で目配せをしながら、各々も菓子をかじる。この可愛いタイムに抜け駆けすんなよ、と言う雰囲気が漂う。

 表面上はほのぼのしたピクニック状態の四人の後ろで、ガサと木が揺れた。

「!」

 アニーとエリオットは咄嗟に、物音がした方を向いて立ち上がる。ジェイもまた緊張を孕んだ顔で、ミチルを背に隠した。

「ああ……!」

 ミチルはイケメン達の向こう側に、黒い魔物の姿を見つける。
 黒い影のように揺らめいているのに、しっかりと存在感がある──ベスティアだった。

 森で現れるお馴染みの姿。狼、猪、狐の姿のベスティアが三匹揃ってご登場。

「これがノーマルベスティアか。まだ人里にも近いアルブス領だってのに……」

 エリオットは好戦的な光を瞳に宿して狐型のベスティアと向き合った。

「まったく、まだミチルが食べてる途中でしょうが……」

 アニーも渋々ナイフを取り出して猪型のベスティアを睨みつけた。

「……斬るしかあるまい」

 そしてジェイも、大剣を構えて狼型のベスティアを相手取る。

 そんな臨戦体制のイケメン達の後ろで、ミチルは恐怖しながらもしっかり立っていようと自分を奮い立たせていた。

 黒い影の獣が、それぞれのターゲットに向かって襲いかかる!

 

 「神鳴鳥のさえずり(サンダーバード・ハミング)!!」

 エリオットの掛け声とともにセプターが光り、小さな稲妻が狐型ベスティアに落ちた!



「申し訳ありません、お客様は出禁です!」

 アニーのナイフが四つに増えて、四方から猪型ベスティアを刺した!



「オオオォオッ!」

 小細工のいらないジェイの斬撃が狼型ベスティアを真っ二つ!



 三匹のベスティアは、死に際の声を上げることも許されず、黒い霧となって静かに消えた。

「ふうー! ま、こんなもんだな。お前達、よくやったぞ!」

 何故か偉そうなエリオットに、アニーは苦笑していた。

「はいはい。雑魚で良かったねえ」

「……いつも通りに斬っただけだ」

 ジェイも大剣を鞘に収めつつ、呼吸を整えた。

「すごーい! すごぉい! スゴ過ぎるよぉ!」

 ミチルはすっかり大興奮。これが剣と魔法の世界。これぞファンタジー!
 そんでもってイケメンが戦う美しい姿×3! 眼福でございまーす!!

 うひょうひょしているミチルのすぐ後ろに、黒い影が忍び寄る。

「──ミチル!!」

「……え?」

 ジェイの叫び声で振り返った時にはもう遅かった。
 四匹目、猿の姿のベスティアがミチル目掛けて飛び込んでいた。

「うわああぁあ!」

「ミチルッ!」

「ミチル!」

 アニーもエリオットも間に合わない。



 嘘でしょ……
 まだイケメンうほうほはこれからなのに……

「キキャアア!」

 猿型ベスティアの勝ち誇る声がした。
 ミチルは咄嗟に目を瞑りそうになったが、ぐっと堪えて目を見開いた。

 ふざけるなよ! オレはまだここで終わりたくない!
 まだ皆と旅がしたい! オレのファンタジーはこれからなんだ!

「ギャアアア!」

 ミチルの周りに青く光るバリアのような物が現れた。
 それに触れた途端、猿型ベスティアは断末魔の悲鳴を上げて霧散した。

「……え? あれ?」

 次にミチルの目に飛び込んできたのは、白い羽の群れ。

「ああっ!」

 無数の白い羽は、ミチルの鼻先をくすぐる。
 元々花粉症のミチルはむず痒さをすぐに感じた。



 ああああああっ! 出てしまったあああああ!
 コピペじゃないパターンもあるのか、うっかりしてたあ!!

 やばい! 出ちゃう!
 出ちゃうぅう!(←くしゃみが、です)

「まずい、ミチル!!」

 前回経験済みのアニーが事態を悟る。
 ミチルがこの大量の羽に襲われたら転移が起こるのだ。

「た、助けて……!」

 ミチルは三人に向かって手を伸ばす。
 出ちゃうよぉ!(←しつこいですが、くしゃみが、です)

「おい、ジェイ、エリオット! ミチルにしがみつけ!」

「え?ナニコレ?」

 戸惑うエリオットに、アニーは焦って声を荒らげた。

「早くしろ! 出ないとミチルを見失う!」

 そうしているうちに、どんどん羽は増えていく。
 ジェイは反射的にミチルへと駆け寄っていた。

「ミチル!」

「ジェイ! アニー! エリオット!」



 離れたくない……


 

  
「ハ、ハックション!」

  
 くしゃみをしてしまった後、周りの羽に異変が起きた。
 真っ白だった羽が、ひとつ残らず青く染まっていく。ミチルの視界も青く染まった。


 
 誰もいなくなった森の中。
 小川のせせらぎと、そよぐ風が、その景色を平素に戻していた。






 

「異世界転移なんてしたくないのにくしゃみが止まらないっ!」
           Interlude2 トライアングルSOS!  了

次回から Meets04 毒舌師範 を開始します。
是非お楽しみに!

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