8 モブのままで
「チル一族が凶兆? んなワケねえだろ、昔からチル一族はカエルラ=プルーマの救世主だろ?」
エリオットがスノードロップの言葉を鼻で笑いながら言った。その横でジェイもアニーも頷いている。
しかし、老人は鋭い眼光で三人のイケメンを見ながら反論した。
「わしはな、あの伝説は真実ではないと考えている」
「ええ?」
「カミサマはな、人間に満足して天に帰ったのではない。人間に絶望してこの世界を見捨てたのじゃ」
「まさか」
にわかに信じられないエリオットはやはり薄ら笑って言う。それでもスノードロップは折れなかった。
「我々人間の所業を考えてみい。他国と戦争をし、未開の国は侵略する。個人レベルであっても他者を貶めて、自分の利益を優先する。そんな事を繰り返す人間のどこにカミサマは満足したんじゃ?」
侵略の憂き目にあった
見えない誰かから命を狙われていた
二人はお互いを見合って、スノードロップの話を聞いていた。
「動物や魔物が殺生をするのは、己が生きるため。それも必要最小限度。じゃが人間は違う。より多くの成果を求めて他者を屠る。なんと業の深い生き物」
そこまで一気に言うと、スノードロップは肩で大きく息を吐いて嘆いた。
「わしはな、そんな人間を見るのがほとほと嫌になったよ。だから、引退してこの森に引っ込んだんじゃ」
「ジジイ……」
やるせない面持ちで呟くエリオットの方を向いて、スノードロップは諦観めいた顔で言い添えた。
「だから、チル一族は我々人間に罰を与え、試練を与えに天から降りてくるんじゃと思うておる」
「つまり、今回も試練があると?」
ジェイが真面目な顔で聞くと、スノードロップは天井を仰ぎながら長い白髭を撫でつつ答えた。
「これまでの経緯を考えると、ベスティアの大量発生じゃろなあ」
「ああ! それでミチルにはベスティアを撃退する武器を作れる力があるってこと?」
アニーが閃いたような顔で聞くと、スノードロップは少し疲れたような顔で頷いた。
「うむ……おぬしらの状況から、そうであろうとわしは考える」
「うおぉい、ちょっと待てえ!」
ミチルは慌てて立ち上がった。このまま話をうまくまとめようとするなんて、そうは問屋が卸さない!
「ミチル?」
納得しかけたエリオットがキョトンとした顔でミチルを見つめていた。
冗談じゃない! これじゃあ、結局チル一族なんてものにされてしまう。
それどころか、世界を滅ぼそうとする魔王扱いまでされそうだ。
「あのねえ、それはお爺さんの持論でしょ!? 確かに人間は悪いトコ沢山あるよ? オレの世界だって、人間は蚊の次に人間を殺してるとか、同族を殺すのは人間だけだなんて散々な言われ方してる!」
ミチルはまとまらない頭で反論した。
このまま流される訳にはいかない。そんな重要人物になんかなりたくない。
オレはちょっと異世界に飛ばされてイケメンうほうほしているモブのままがいい!
「でもそれは人間の一面で、全部じゃない! ジェイみたいに強くて頼もしい人、アニーみたいに優しくて人のために動ける人、エリオットは──」
「……(ワクワク☆)」
「……」
「?(ソワソワ☆)」
「エリオットみたいに……乱暴に見えても甘え上手な人もいる! 皆違って皆いいでしょ!?」
「ミチルゥ! それ褒めてんのか!?」
エリオットは泣きそうになりながら叫んだ。だが、ミチルにそれを気遣う余裕は今はない。
「おぬしは何が言いたいんじゃ?」
「だから! 人間には良い所も悪い所もあるし、カミサマだってなんで天に帰ったのか、本当の事なんてわかんないでしょ!?」
ミチルの言い分は結局意味がわからないまま、勢いだけのものになってしまった。
だからとっても疲れた。ぜえはあと息を整えている間に、スノードロップはやはり冷ややかな目をして言う。
「もちろんそうじゃ。だから最初にわしの所見を述べてもいいかと言ったじゃろ。おぬしはバカなのか?」
「──!」
「わしが言った事を信じるか信じないかは勝手にせい。ほんの参考程度の考察に過ぎん」
「くそまじじい!!」
あんなにもっともらしく言ったくせに、最後は逃げやがった!
スノードロップの飄々とした態度に、ミチルは思わず叫んだ。
「ほっほっほ。まあ、それくらいの気概があれば我が王子を任せてもいいかもしれん」
カラカラと笑った老人の見解に、エリオットはパアッと顔を輝かせた。
しかしミチルはなんだか納得がいかなかった。
「しかし……スノードロップ殿の御意見を参考にするとしても、我らは今後どうすればいいのでしょう?」
ジェイが真面目な顔のまま不安を訴えた。表情筋が不活性なので、いまいちそれが伝わらない。
「そうさなあ……とりあえず……」
言いかけたスノードロップの頭上に、突然空間の歪みが現れた。
ケケケー!!
渦巻き型の穴から、突如プテラノドンが現れる。
「おお、帰ったか、コンドルちゃん」
スノードロップが笑顔で見上げると、プテラノドン……じゃなくてコンドルちゃんは、嘴から青い石を吐き出した。
「んー?」
それをスノードロップが器用に受け止めるとコンドルちゃんは消え、手の中の青い石が光り始めて人影を映し出す。
「父上!」
エリオットが叫んだ通り、青い石からホログラムのような光が出てきて、オルレア王の姿を映していた。
「わー、すご! 魔法すご!」
ミチルは直前まで不機嫌だったことも忘れて、目の前の魔術に興奮した。
光の中のオルレア王は、こちらのタイミングなど関係なくいきなり話し始める。
「……スノーか? 私はオルレアである。曲者をよく捕らえてくれた、ウツギの件はこれから調査する。さて、お前のコンドルちゃんに渡したこの青い石は、ベスティア化したウツギが暴れた場所から出てきた物である。これの分析を頼みたい」
「ほっほぉ、ますます面白くなってきたわい」
手の中の青い石をしげしげと見ながら、スノードロップはニヤリと笑った。
「エリオットはそこにいるな?」
ホログラムでも王様の威厳はたっぷりだ。エリオットは背筋を正して返事した。
「はい、父上」
「お前には特別外交官の任務を与える。ミチル殿と行動を共にして世界を巡り、一連の謎を解け」
「……はいっ!!」
「なお、このメッセージは自動的に消去される。健闘を祈る……」
するとホログラムの光が消え、鈍く光る青い石が残された。
「やったぞぉお! やってやんぞぉおお!」
万歳して喜ぶエリオットに、スノードロップは目を細めて笑っていた。
「やれやれ、この王にしてこの王子ありじゃな。ワンパクなことよ」
そう言う老人の手の中の石を凝視したジェイとアニーは、目を丸くしてそれぞれポケットを探る。
「あの……」
「これ……」
二人ともが同じような青い石を、机の上に置いた。