5 むかしばなし
むかしむかし、一人の若者がいました。
若者の住む村はとても貧しく、日照りや病にいつも悩まされていました。
若者はある日カミサマに祈りました。
「どうか村を豊かにしてください」
すると、空から美しい女が若者の前に現れました。
「あなたはみんなの幸せを願える人です。そんなあなたこそ王様にふさわしい」
美しい女はそう言って、若者と共に村を豊かにしていきました。
豊かになった村は若者を王様にして国になりました。
美しい女は若者と結婚して王妃様になり、王子様を産みました。
数年経って、国がとても豊かになったのを見届けると王妃様は空に帰っていきました。
カミサマの子孫でもある王子様はのちに立派な王様になって、カエルレウムをもっと豊かにしました。
めでたしめでたし。
「……と言うのが我が国で子どもに聞かせる御伽話の最も一般的なものだ」
ジェイがほぼ棒読みで御伽話を語ったので、アニーとエリオットは笑いを堪えていた。
仏頂面の大男から「めでたしめでたし」だなんて言葉が出るそのギャップが、可笑しくてたまらない。
ミチルはと言えば、ジェイの語りに聞き入ってその内容を噛みしめる。
日本にも似たようなのなかった? 羽衣伝説、的な? ちょっと違うか……?
「それで?」
笑うでもなく、聞き入るでもないスノードロップは、ジェイに向けて挑戦的な視線を投げる。
「それで、とは?」
しかし当然ながらぽんこつのジェイは、意図がわからず首を傾げる。
その様子に溜息を吐きながらスノードロップが答えた。
「だから、その御伽話をカエルレウムではどう解釈しとるんじゃ?」
「別に、そのままの通りだと思うが……」
「おぬし、騎士じゃろう?士官学校とかで習わなかったのか?民俗学としてのチル一族研究の講義を思い出さんか!」
「はて……?」
ジェイは首を傾げ続けていた。
「士官学校では訓練をした記憶はあるが、……講義?」
「おぬし、座学を戦場に置いてきたのか!?」
「?」
ああ……出ちゃいましたね、ぽんこつが。ミチルは久しぶりの感覚がなんだか懐かしかった。
ジェイは幼くして両親と死に別れている。と言う事は、一般的な貴族の子どもが親から教わるものを知らない可能性がある。
さらにジェイが騎士になれた経緯も、あの萌えキュン(だとミチルは思っている)上司から助けがあったために正規の道を通っていないかもしれない。
「お爺さん! ジェイはちょっと特殊なんです、ね? わかるでしょ?」
ミチルは「あいつはぽんこつだから、掘り下げるだけ無駄ですよ」という顔で言ってやった。
「まったく、情けない。まあいい、代わりに教えてやろう」
スノードロップもまたそれで納得して大きく溜息を吐く。その影で、エリオットがアニーに「あいつ、バカなのか?」と囁いた。アニーはもちろん大きく頷く。そんな一連のやり取りを、ジェイはもちろん理解していない。
「つまり、その空から舞い降りた美女、後にカエルレウム王妃となった者がチル一族だというのが一般的な解釈じゃ。結局役目を終えたら帰ってしまうというオチはだいたいどこの国も変わらん」
「そうだな、アルブスの伝承もカエルレウムのとほとんど同じだぜ。王家はチル一族の末裔で特別だから敬えよって子どもに教えるんだ」
スノードロップに続いてエリオットがそう付け足す。ミチルはそれを聞いて、アニーの方を向いた。
「アニーは? ルブルムにもあるの?」
するとアニーは少し眉を顰めて難しい顔をしつつ答えた。
「うーん、まずルブルムにはチル一族っていう言葉はないな。ただ、似たような昔話はある。祖父さんは確かプルケリマって呼んでたかな?飢餓で苦しんだ村にプルケリマっていう美女がやってきて、村を救って帰っていった……みたいな」
「ほほお、興味深いのう。さすがのわしもルブルムまでは研究しとらんからの」
スノードロップは長い白髭を左手で摩りながら、愉しそうに笑う。
「ともかく、ここカエルラ=プルーマでは世界に何か異変が起きた時、カミサマの眷属であるチル一族が天から遣わされて我々を救ってくれるのだと信じられておる」
「へええー……」
まるっきりファンタジー映画のような話に、ミチルは思わず興奮した。
「で、父上はミチルがチル一族だって言うんだ」
エリオットの言葉に、スノードロップは顔を顰めて考え込んだ。
「そうじゃな……小僧が異世界から来たと言うのは間違いなさそうじゃ。『ここではないどこか』からやって来たという点に関してはチル一族と共通しておる」
その発言に、ジェイもアニーも「おぉ」と感嘆の声を漏らした。
なんか嬉しそうに見てくるんだけど、オレはチル一族じゃないよ?地球の島国のモブだよ?
だが、そもそもここに転移してきた理由や仕組みがわからない以上、ミチルはそれを否定することが出来なかった。
かつてこの世界に転移してきた人間が他にもいたかもしれないし、それがチル一族と呼ばれているのかもしれないのだから。
自分のことなのに自分がわからない。オレはそんな者じゃないという絶対的な自信がもてない。
ミチルが何をどう言おうか考えているうちに、スノードロップはエリオットに更に聞いていた。
「その小僧がアルカナ像の王笏を作り替えたというのは本当なのか?」
「もちろん。俺も父上も確かに見たし、ミチルが王笏を強化してくれたからおれはベスティアを倒せたんだ」
「むう……」
エリオットの説明を疑いながら唸るスノードロップに、ミチルは慌てて否定する。
「いやいやいや、そんなことないって。オレはただ杖を握っただけだもん」
「じゃが、そこのぽんこつと軟派ニイチャンの武器もおぬしが再生したと聞いたぞ?」
「それもさあ、よくわかんないよ。偶然オレが持った時に起こっただけかもしんないし。ベスティアを倒したのはジェイとアニーじゃん」
「では、おぬしに武器を強化しようと言う意識はなかった……と?」
スノードロップが鋭い視線でミチルを刺す。もうお爺さんに冷たくされ過ぎて泣きそうなんだけど。
「あるわけないじゃん」
「ふむぅ……」
涙を堪えるミチルは、ぶんむくれた顔になっていた。不安と寂しさで孤立するミチルは、あらゆる疑問から逃げ出してしまいたい。
「どれ、その武器とやら、出しなさい」
ミチルの様子などお構いなしでスノードロップはイケメン達を促した。三人は頷いてそれぞれの武器を翁の目の前に出す。
粗末な小屋の中に、青い光が満ちていった。