4 チル神様
この世界はチル神がまとめた。
それまで世界中に散在していた人間は、チル神の元でひとつになった。
秩序を与えられた人間は、次第に考えるようになりいくつかの集団を形成していった。
国としてまとまっていった人間達は自主性を与えられ、チル神の手を離れる。
しばらくチル神はそこで人間を守っていたが、その性質に満足すると天に帰っていった。
それから人間はチル神に日々の感謝を伝え、チル神は天から人間を見守っている。
「……と言うのが、クソガキでも知っているカエルラ=プルーマの創世伝説じゃ」
スノードロップは揺り椅子に深く腰掛けて、その場の若者達──主にミチルに語った。
後ろで床に座るイケメン三人衆は「何を今更」と言うような顔をしている。
「へえー、この世界だとカミサマってどこでも同じなんだ?」
「うん? どういう意味じゃ?」
ミチルの言葉に、スノードロップは眉毛をピクリと動かして聞く。あまりミチルを歓迎していない雰囲気を続ける目の前の翁に、ミチルは少し怯えながら辿々しく答えた。
「ええっと、オレのいた世界だとさ、国によって神様って違うんだよね。名前とか姿も違うし、天界? ていうか死後の世界……? みたいな所もその国の宗教によって違うよ」
「何だよそれ、そんなん混乱しねえ? それともミチルの世界はカミサマが何人もいるってのか?」
エリオットが怪訝な顔で言うと、ミチルも自然と難しい顔になって答える。
「うーん、オレも詳しくはわかんないけど。オレのいた日本は色んな神様がいるよ。あ、でも仏教だと仏様一人なのかな? 神様でも仏様でも、日本では好きなのを信じていいんだ。宗教の自由っていう法律があるから」
「はあ? カミサマが? マジかよ、変わってんな。法律にカミサマのことも書いてあるのか? 信じらんねえ」
「日本はそうでもないけど、外国だと信じる神様の違いで何度も戦争が起きてるよ。だから法律に書くんじゃない? わかんないけど」
若干18歳のミチルの認識など、こんなものである。そして精神年齢若干15歳(←引き下げられた)のエリオットはそれを聞いてますます変な顔をした。
「カミサマが違うと戦争が起きるのかよ!? ミチルの世界は意味わかんねえな!」
「……王子様よ、理解できないからと言ってそのような暴言を吐くでないぞ」
「う……」
嗜められたエリオットは肩を竦めて黙ってしまった。
「話が逸れておるわ。小僧の世界の宗教観など、ここでは何の関係もないわい」
ピシャリと言い放つスノードロップに、ミチルも肩を竦めた。やっぱりこのお爺さんはオレにだけ冷たい。
「重要なのはここからじゃ。チル神様は天にお帰りになったが、人間が困難な場面に遭遇すると時折カミの系譜に連なる者を遣わしてくださる。それが、各国の様々な場所に残されておるチル一族の伝説じゃ」
「カミサマの使い? 天使ってこと?」
ミチルが聞くと、スノードロップはまた顔を顰めて考えながら答える。
「お前さんの言う天使と言うのがどういうものか、わしは知らん。チル一族はチル一族じゃ。この世界での天使とは別物じゃ」
「ええー? なんか全然わかんないんだけど」
匙を投げそうになったミチルに、アニーから助け舟が出る。
「ミチルの知ってる天使ってさ、子どもの姿で羽がパタパターってしてる?」
「そうそう、それそれ!」
「ならそれはチル一族じゃないよ。天使は、今はあんまり遭遇できないけど、カエルラ=プルーマではちゃんとした生き物だね。伝説でもなんでもない」
「へええー……さすがファンタジーの世界……」
アニーの簡単な解説のおかげで、ミチルはやっと思考をどこに向けるべきなのか見えた気がした。
ここはよくわかんないけどファンタジーの世界なんだ。そういう設定なんだからオレの地球での知識は置いておくべきで、代わりにゲーム脳になればいい!と。
「ここからが厄介な所なんじゃが、チル一族は各国・各地方に数多く伝説を残しておっての。そこでの文化の中で様々な解釈をされて語り継がれているから、チル一族が結局何なのか、本当のところは誰にもわかっておらん」
「へええー……」
「その点を考慮すると、小僧の世界でカミサマが何種類もいると言うのは、カエルラ=プルーマでチル一族伝説が国の数だけ存在するのと似たような事かもしれん」
「おお……! そういう事か!」
スノードロップの分析に、ミチルは思わず拳を打って感心した。
チル一族は、地球で言う宗教のそれぞれの神様の姿かも?と思って考えると分かりやすい。
「試しに……そうじゃな、カエルレウムのチル一族伝説を小僧に教えてやれ」
「──私か?」
スノードロップの視線を受けて、ジェイが自分を指差しながら言った。
「お前さんがいくらぽんこつでもそれくらいは説明できるじゃろ。御伽話なんじゃから」
おや?どうしてこのお爺さんはジェイがぽんこつだって知ってるんだ?
さては、会ってすぐに何かやらかしたんだな、ぽんこつだから。
ミチルはそんな事を考えてジェイを思わず生温い目で見た。
もちろんそんな意図が通じないジェイは頷きながら口を開く。
「わかった。では話そう」
そうして、カエルレウムでは幼子まで当然知っている御伽話をジェイは語ってみせた。