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脅迫婚姻届

「チョコかと思ったら、婚姻届かよ・・・、おい、まだ、俺たち付き合い始めて半年も経ってねぇだろ、この時期なら、婚姻届より、まずバレンタインのチョコとかバースデイプレゼントとかを渡すのが先じゃねぇか。段取り、すっ飛ばしすぎじゃねぇか」
俺は呆れるを通り越して、少し本気で怒っていたが、彼女はケロッとしていた。
「なに? あたしと結婚する気もないのに付き合ってたって言うの?」
「いや、まずお互いに理解し合って、互いの親と会ったりして、時間をかけてから提出するものだろ、これは」
「あたし、回りくどいの嫌いなの、さっさと結婚して、早く子供作って近所のおばさんたちに自分の子供の自慢話をしたりしたいの、分かる?」
「お前がそう思っていても、俺には急がなければならない義務も理由もないんだが」
「なに、あたしと結婚する気もなくただ都合よくやれる女が欲しかっただけってこと」
「いや、だから、結婚に至るまでの過程をもう少し普通は慎重に進めるもんだろ、それを段取りすっ飛ばしで、いきなり婚姻届を持って来るなんて、しかも俺の実印まで押して・・・って、おいおい、いつの間に、俺のハンコを」
「あんな場所に通帳とハンコを一緒に置いておくなんて、空き巣に入られたら、一発で見つかるわよ」
「お、お前、俺の部屋の家探ししたのか」
「あら、彼氏の部屋の家探しは浮気してないか確認するための常套手段でしょ」
「お前・・・、あ、そうか、家探しした時に俺の通帳を見たな・・・、それで急に結婚を・・・」
「ふふふ、あんたって、真面目だけが取り柄だと思ってたけど、そうよね、真面目に働くしか能がなければお金貯まるわよね」
「・・・ぜってぇ、お前となんか結婚しないからな」
そう言って、俺はその婚姻届を破った。
「そうすると思ってた。だから、まだ、こんなに」
彼女はひらひらと、新しい婚姻届を5,6枚扇状に開いて俺に見せた。
「お、お前・・・」
そこからは俺と彼女の根競べであった。彼女が諦めるか、俺がおとなしく必要事項を記入するかの攻防が、三年ほど続いた。で、俺は彼女の、俺と絶対に結婚したいという押しに負けて婚姻届けに記入した。
自分の意志を絶対に押し通すという気の強い部分以外は、美人で料理上手で、やさしいところもあった。浮気でも疑われたら刺されるかもという彼女の束縛は感じていたが、それから無傷で逃げ出せる自信はなかった。

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