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第3話

 様々なことが脳裏をよぎった。一瞬で家族を失ってしまった。大阪には母の実家があったが祖父母はすでに亡くなっていた。母の兄弟、つまり少年から見た場合は伯叔(おじ)にあたる人たちがいるが、世話になるわけにはいかないだろう。それぞれ家庭があり、従兄弟もいるが、快く迎え入れてくれたとしても、迷惑をかけるのがわかっているので、そこへ突然割り込むのはできることならしたくはなかった。
 学校へは今のこの身体の状態で通えるだろうか。少年の通う高校へは、自宅がある寝屋川市から電車を利用しなければ登校できなかった。片腕では車椅子も動かせない。電動の車椅子であれば片手でも移動は可能だとは思う。いつか見たドキュメンタリーかニュースで目にしたことがあった。それを使用するとしても、今まで通りというわけにはいかないだろう。義足にしたとても同じだろう。
 失ったのは利き腕なので、文字を書くのも難しいかもしれない。タブレットやスマートフォン、ノート・パソコンの使用は認められるだろうか。学校では授業中のスマートフォンの使用を禁止している。自分だけを特別扱いすることはできないだろう。例外を認めてしまうと収拾がつかなくなる恐れもある。左手で文字を書く練習をしなければならないなと、その困難さを考えると何故か可笑しくなった。
 食事はどうすればいいのだろう。片腕で料理はできるだろうか。食材はどのようにして調達するか。今ではネット・スーパーも珍しくはないが、それでも難しいかもしれない。
 洗濯はどうすればいいのか。乾燥機付きの洗濯機ならば、日常的に使用するものはなんとかなりそうだ。畳むのは面倒なので、その都度、身近にあるもので済ませればいいだろう。
 トイレや風呂はどうするか。病院はバリア・フリー化されているが、自宅はそうではなかった。自分の部屋がある二階へ上がるのも面倒だ。
 掃除は、なんとかなるかもしれない。時間がかかってしまうかもしれないが、仕方がない。
 なにもかもがわからないことばかりだった。ほかになにがあるだろうかと少年は考えたが、結局、面白くもない結論に達した。一人で生きていくのは困難だ、と。
 少年は目を閉じた。なにもしていないのにひどく疲れてしまった。少し眠ろう。起きてから、また考えればいいだろう、退院できるまで、まだまだ日数はかかるだろうから。

 少年の瞼が開かれた。どれくらい眠っていたのだろう、少年の目が自然に、病室に掛けられている時計に向けられた。十二時を少し過ぎた頃だったので、五時間弱眠っていたようだ。
 テーブルを見ると昼食が置かれていた。おそらく眠っていたので、看護師は声をかけなかったのだろう。余計な気を遣わせてしまったことは申し訳なかったものの、相変わらず食欲がなかったので、デザートのプリンを冷蔵庫にしまい、庫内に置いていた、朝食で出されていたヨーグルトをテーブルに置いた。
 ほんの少し動くだけで、相当な時間がかかってしまうのは仕方のないこととはいえ、元の身体に戻ることもできないので、結局のところ、慣れるよりほかはなかった。
 ベッドの縁に座った少年は、ヨーグルトのふたを開けようとしたが片腕なので、どうにも思い通りにならなかった。少年は深くため息をつき、ヨーグルトをテーブルに置いて恨めしそうに眺めた。
 本当に、これからどうすればいいのだろう。生きていくには現実的にお金が必要だった。貯金がいくらほどあるのかはわからない。ローンを組んで建てられた自宅なので、完済するにはあといくら必要なのかもわからなかった。いや、そもそも大阪の家は一人で住むには広すぎる。売却したとして、ローンを返済したあとで、いくら手元に残るのだろう。生命保険には入っていたはずなので、幾らかは手に入るかもしれない。それでも、先のことを考えると心許なかった。
 どうすればいいのだろう。
 考えることが多過ぎて、少年の脳内回路は短絡(ショート)してしまいそうだった。

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