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第1話

 少年はこの春、この高校へ入学した。一年二組、出席番号は、何番だっただろう、覚えていないことに気がついた。まあ、そんなことは大した問題ではない。少年は自分の教室へ向かった。
 おはようと朝の挨拶をして少年は、窓際の自分の席に腰を下ろして窓の外を眺めた。
 青い空がどこまでも広がっていた。白い雲は風に吹かれてゆるやかに流れている。鳥が視界を横切り、少年の目はなにげなくその鳥を追っていた。
 少年は、せわしない朝の教室の雰囲気が嫌いではなかった。生徒たちはいくつかのまとまり(グループ)に分かれて、新しく見つけたSNSについて話していたり、昨日見たドラマの感想を語り合ったり、人気動画配信者の動画投稿サイトを開いたり、ネットでバズっているモノを互いに教え合ったりして、情報交換に余念がない。
 入学から三ヶ月ほど経ち小規模なグループが幾つかできているが、喜ばしいことに一人で浮いている生徒はいなかった。少年自身はというと、同じ中学校から本校への進学者はいなかったので、誰一人として顔馴染みはいなかったのだが、何人かと話すきっかけがあって、その縁は今も続いており、友人という定義がなにげない会話を交わす間柄だとすると五人ほどいた。この数が多いか少ないかはわからなかったが、いないよりかは良い(まし)だろうと思う。同級生(クラスメイト)の中にはまだ話したことがない生徒もいて、顔と名前が一致しない生徒や、そもそも名前すら覚えていない生徒もいるが、なにも焦る必要もないと思う。なにがきっかけになるかなど、わからないのだから。
 少年は、目線を下げて校庭(グラウンド)に目を向けた。一周四〇〇メートルのトラックがあり、その内側はサッカーのピッチになっている。グラウンドに人の姿はまばらだった。もうすぐ予鈴(チャイム)がなる頃なので、朝練も少し前には終わっていたのだろう。その中の一人、重たそうなバッグを肩に掛けた生徒を少年は目で追っていたが、知り合いというわけではなかった。本当に、なにげなく目に止まっただけだった。
 少年の目がその生徒から離れて学校の境界まで向けられた。そこは野球部のグラウンドになっていて、二〇〇メートル離れた別の境界辺りにテニス・コートが三面あった。その横には各クラブの部室棟があり、並んで体育館が建っていた。室内競技のバスケットや卓球、バレーの各部はここで練習をする。それとは別に、柔道、剣道、各部が使用する畳敷きの別棟があった。水泳部が使用するプールは校舎に近接してあった。
 その時、挨拶をする声が聞こえてきたので少年は、目を教室内に向けて声の主を探そうとしたが、探すまでもなかった。前の席の同級生だった。少年はいつものようにおはようと応えた。彼は五人の友人の中の一人だった。

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