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3話 あさごはん!

……チュン、チュン。

 次にブラッドが気づいたとき、小鳥のさえずりが耳に入ってきた。かすかに開いた目には十分過ぎるほどの太陽の光。また、小鳥のさえずりの他にもトントンと何かを切る音もかすかに耳に入ってくる。

 ブラッドが起き上がってまずはあくび。次に目を擦る。隣を見てみると、向かい合って寝ていたはずのアルナの姿は無かった。

「ん……。おーい、アルナ~?」

 ブラッドが呼びかけるも反応がない。いくら待っていても仕方がないので、ブラッドはヨイショと重い腰を上げてヨロヨロとアルナを探しに音の出どころを目指して部屋から出た。

「あっ、ブラン!おはよう!」

 アルナはキッチンにいた。スープの匂いが一帯に立ち込めている。

「……ああ、おはようアルナ」

「ブラン、まだ眠い?……朝、弱かったりするの?」

「ん……、まあ、弱いな。もとから」

 暗殺の任務の時間帯というのはいつも夜だった。そのため朝は寝て、夜は任務に勤しむいわゆる昼夜逆転の生活をしていたのだが……今は朝に活動をして夜に寝るというごく普通の規則正しい生活を強いられているため、ブラッドにはキツイものがあった。

 キツイと思っていても今はアルナのために頑張っている。いずれはこの家を離れたいと思っているブラッドが。

「もうすぐ朝ごはんも出来ると思うから顔洗ってきなよ!あっ、洗面所の場所は分かるよね?まあ、探せばあるよ。この家そんなに広くないし……」

「……へいへい」

 そう言われたので、早速ブラッドは顔を洗いに行くことにした。相変わらずヨロヨロと危なっかしい歩きをしているがさっきよりはいい。

 しばらくしてブラッドが顔を洗い、アルナのいるキッチンに戻ってきた。しかし、そこにアルナの姿は無かった。周りをキョロキョロとしているとアルナの声がしてきた。

「あっ、ブラン!ここだよ。早く朝ごはん食べよ!」

 声のする方を見てみると、アルナはイスに座っていた。目の前のテーブルには二人分の朝食であろう、パンとスープ、水が用意されている。

 ブラッドは少し小走りで行き、アルナの向かいのイスに座る。

「冷めないうちに食べよう!私もうお腹ペコペコだよ……って、ちょっと待って~!」

「な、何だよ……早く食べようって言ったのはアルナじゃんか……」

 ブラッドはパンを手にとっていたが、アルナに待ってと言われたので渋々皿の上に戻した。ブラッドは待ちきれない様子でアルナの次の言葉を待つ。

「私ね、食べる前にはいつも"いただきます"って言うことにしてるの。だからブランにも言って貰いたくて……」

「何だよその言葉。聞いたことねえぞ」

「なんか東洋の方では食べる前に言うんだって。この言葉には食べ物とか動物に感謝するっていう意味があるらしくて、それを聞いていいなーって思って言うことにしてるんだ~」

「……まあ、アルナがそういうなら。……早くしようぜ冷めるぞ」

「そうだね!じゃあ、せーの……」

『いただきます!』

 二人の威勢のいい声が響く。アルナは先にスープを飲もうとしてふぅー、ふぅーとしているが、ブラッドといえば言い終わると同時にすぐにさっきのパンを手に取り食べ始めた。すると、たちまち口の中はリスのようになった。

「……あのさ、もうちょっと味わって食べないの?……早くない?」

「ん?もがもが」

「……口の中の物を食べてから言おうよ。待つから」

「……あ、ああ。そんなに味わうとか考えたことは無かったな。ただ腹がいっぱいになればいいって思ってたから……なにかまずかったか?」

 アルナの少し呆れたような顔を見て、ブラッドは少し下手に出て答える。

「いや、まずくはないけど……。そこはブランの考えもあるし。でも、私はせっかく作ったからもう少し味わって、ゆっくり食べてほしくて」

「……なんかごめんな」

 ブラッドはバツの悪い顔でアルナに頭を下げて謝る。相変わらずパンは持っているままだが。そんなブラッドの姿を見て、アルナはアワアワと少し慌てている。

「ま、まあこれは私が思ってることだから……!う、うーん……あっ、そうだ!お話、お話しよう!私、ブランのことよく知りたい!」

「だから、顔を上げて……?」

「……許してくれるのか……?……俺、死ななくてもいい……?」

「もうっ、なんで死ぬ必要があるの!私は全然怒ってないから!」

「本当か……?……何話す?」

 ブラッドは顔を上げてアルナの方を見る。その顔は若干泣きそうな気がするが……気のせいだろう。アルナはニカッと笑って少し元気になくなったブラッドを励まそうとする。

「うーん、そうだなあ……。あっ、スープ!スープの味、どう!」

「んっ?ああ、この野菜のスープか」

 アルナはブラッドのスープを指差して言う。ブラッドの言うように、ブロッコリーやトマト、黄色のパプリカなど、色々な種類の、色々な色の野菜が多くあり、見ているだけでもお腹が膨れそうだ。

「そういえばパンに夢中で全然飲んだなかったな……どれどれ……」

「んっ!これは……!」

「ど、どう?」

 アルナが恐る恐るブラッドに聞く。その答えを聞くまでアルナの表情はどこか硬いものだったが、それはすぐにほぐれていった。ブラッドがとびっきりの笑顔を見せたからだ。

「う、うまいっ!こんなうまいものは初めてだ!アルナって料理うまいのな!」

「えっ、え、えへへ……」

 アルナは褒められて顔を少し赤くして照れている。そんなアルナを尻目に、ブラッドはスープをゴクッ、ゴクッと飲んでいき、今にも飲み干しそうだ。

「あっ、そう飲み終わりそう~!ちょっと早くなーい!」

「す、すまん」

「……いいよ、すぐに飲み終わるくらい私が作ったスープがおいしいってことだもんね!」

 アルナがふふんっと鼻を鳴らして言う。

「俺からも質問いいか?」

 スープを飲み干したブラッドは質問をする。アルナはどんと来い!というような感じだ。

「なあ、どうしてアルナは昨日俺を拾ってくれたんだ……?夜の河川敷の橋の下、そんなところから俺を見つけて……」

「ああ、それ?」

 ブラッドは重い感じで質問をしたようだが、アルナは軽い感じで答えようとする。

「それはねえ……。ブランがどこか寂しそうな、話しかけてほしそうな背中をしてたから、かなあ……。」

「寂しそうな背中って……俺、そんなんだったのか!?」

「他の人から見れば分からないけど、少なくても私にはそう見えたの。それで居てもたってもいられなくて……」

「……そうか。もう一つだけ言いたいことがある。俺を見つけてくれて、拾ってくれてありがとう。……嬉しかった」

 ブラッドはアルナに向かって深々と頭を下げる。アルナが顔を上げてくれと言っているが今度は上げる気配がない。

 今までは、早く暗殺の任務をするためにここから出ていきたいと思っていたブラッド。……少なくとも、心の中ではそう思っていた。しかし、アルナと接していくうちに自身の本当の気持ちに気づいたのだろうか。

 あるいは、ずっとこの気持ちには気づいてひた隠しにしていたが、ついに吹っ切れたか……どっちかはブラッドに聞かないと分からない。

 ずっと頭を下げていたがようやく頭を上げる。テーブルを額をくっつけていたためか少し赤くなっている。

 二人とも黙々と食べる時間が続き、沈黙が続いた後アルナがある提案をする。

「ねえ、食べ終わったらお散歩にでも行かない?今日は天気もいいし!」

「おっ!それいいな!」

「えへへ。そうと決まれば早く食べなくちゃ……って、ブランもう食べちゃったの!?」

「あ、ああ。これでもゆっくり食べたほうなんだが……」

「……ちょっと待ってて、私、急ぐから」

「……はい」

 前世では暗殺者としてピキピキとした人生を送っていたブラッド。転生先でも暗殺の任務を淡々とこなすと思っていたみたいだが、アルナとの出会いによってゆったりとしたのんびり気ままな人生もいいかもな、そうも思うのであった。

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