2話 いいこ、いいこ……
「クソっ……。転生して人間になったはいいが、それ以外は……」
シエルが帰ってから少し経った時、ブラッドがボソッと言った。ブラッドは転生後も暗殺者になることを望んでいたが、現状は少女に拾われ一緒に夜を共に過ごしている。この理想と現実のギャップにブラッドは苦悩していた。
「いっそ記憶も消えてくれれば良かったのに。記憶があるから腕がまだやり方を覚えてるってのがまた……」
そう、ブラッドは前世の記憶を引き継いでいる。なので、暗殺をするためのノウハウややり方は全部覚えていたのだが……。この世界ではそれを活かす場面が全く無かった。
「俺、これからどうなるんだろ……」
ブラッドが言い終わると同時に彼の左手を誰かが握った。ブラッドは一瞬ビクッとした後、手を握っている少女の顔を見た。少女はまだ眠いのか目は半開きで、どこか寝ぼけた様子だ。
「あっ……。起こしちまったか。ごめんな、アルナ」
「……ううん、だいじょうぶ……。……だれかとはなしてた?」
「ん?いや、独り言だ」
「そっかぁ……。……。私ね、ゆめをみていたの……」
「へぇ。それは一体どんな夢何だ?」
「えへへ……。ブランがいっしょにさんぽするゆめ……。私がブランとなかよくなりたいっておもったからかなぁ……。」
ブラッドは夢のことを聞いて、胸がキュッとする感じがしたのか右手で胸を押されている。ブラッドは早く暗殺の任務を見つけてここから出ていきたい。アルナはブラッドと仲良くなりたいと全く正反対なことを考えているからだろうか。
ブラッドがしばらくの間何も切り出せないでいると、アルナの方から話しかけてきた。
「……もうねちゃった?」
「いいや、起きてるぞ」
「……ねえ、私がねるまでいいこ、いいこしててよ」
「……こうか?」
アルナはそう言って、座ってるブラッドの近くに頭を寄せてきた。そんなアルナの頭をブラッドは優しく、丁寧に撫で始めた。慣れないことなのか、若干ぎこちないような感じもするが、アルナは満更でもない様子だ。
「……ねえ、ブラン。あたま、すこしこっちによせて……」
ブラッドがアルナの頭をナデナデし始めてから、少し経った後、アルナがまた頼み事をしてきた。ブラッドは一旦ナデナデをやめ、さらに自分の頭をアルナの方に寄せていった。
「……こんな感じでいいのか」
「うん……。えへへ」
何が始まるか分からなくて少し冷や汗をかき始めたブラッドとは反対に、アルナは微笑んだままブラッドの頭に手を近づけてきた。
「……えへへ。ブラン、いいこ、いいこ……」
アルナがブラッドの頭を優しく撫で始めた。初めは何をされるか内心ビクビクしていたブラッドではあったが、頭を撫でられた瞬間どこか本当に力の抜けた顔つきになっていた。
「……ブランのナデナデ、よかった。てがおっきくて、あったかくて、それにどこか……」
「……すぅ……すぅ」
アルナは言いかけたまま、また眠りに入ってしまった。しかし、その顔はさっきのシエルが現れる前とは少しだけだか優しさ、やら充実感などが入り混じったような寝顔になっていた。
「……おい、寝たのか?」
「……すぅ、……すぅ」
ブラッドが話しかけても聞こえるのは寝息ばかり。それを聞いたブラッドは自分もまたアルナの隣で寝転がる。
「全く……困っちゃうよな。アルナ……」
そう言い、ブラッドはアルナの頭を二度、三度と撫でる。起こさないようにとさっきよりもぎこちなさが増しているが、これもブラッドなりの優しさというものなのだろうか。
ブラッドはアルナの頭を撫でるのをやめ、アルナと体を向かい合わせて目を瞑り、そして直に夢の中に落ちた。