極楽
目を開けると、そこにはスーツをビシッと着込んだ鬼がいた。
「いや、すごいですね、あなたは」
鬼は愛想笑いを浮かべながら、手にしていた閻魔帳と書かれた帳簿を開いて見ていた。
「生まれてから、一度も嘘や悪いことをしたことがない。閻魔帳がこんなに真っ白な人には初めて会いました」
「そうですか? 他人の悪口を言わない、周りに安易に同調しないので協調性がないとか、よく人間味がないと言われましたけど」
「うむ、それはあなたが普通の人間と違って無意識に聖人のようにふるまっていたからでしょう。だから、罪や穢れが一切ない」
「で、俺はどうなるんですか」
「もちろん、生前に罪や穢れがないのですから、当然極楽行きです」
「極楽ですか」
「そうです。地獄に送られたのは何かの手違いでしょう」
「あの、極楽というのは、どんなところなのでしょうか」
「なにもありません」
「なにもない?」
「はい、地獄で前世の罪を清めたり、生前の行いで汚れのない者たちの新たに転生するまでの仮の地ですから。何も必要ないので、何もありません」
「食事は?」
「死んでいるのですから必要ありません」
「転生するまでなにもなし?」
「はい、欲のない清らかな魂だけの世界ですから」
「退屈で死にそうだな。極楽って、もっといいところだと思ってた」
「ま、当然です。極楽が、居心地のいい場所なら、誰も転生したくなくなります」
「確かに。ずっと極楽にいたいと思ったらまずいよな」
「そうです」