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姫との距離

「アイシュタルト! 今日はどちらに連れて行ってくださるの?」

 私のお見舞いにと、庭に咲いた花を持ってきて下さった姫は、その後本当に美しくお育ちになられた。
 艶のある金色の長い髪、深い緑色の瞳、白い肌、そしていつでも紅をさしたように赤い唇。そのどれもがあらゆる者を虜にする。
 そしてそのうちに作られた笑顔を貼りつけるようになるだろうと、そう思っていた私の予想も大きく覆された。
 自室で、庭で、馬の上で、気を許す者と共にいる時は、まるでサイコロが転がるように表情が変わる。満面の笑みを浮かべ、怒ったように唇を突き出し、拗ねてそっぽを向き、甘えた様に上目遣いでこちらを見る。
 そのお顔にこちらが翻弄されているのをわかっているのだろうか。心の中にうっすらと浮かび上がる特別な想いを、少しは読み取って下さっているのだろうか。

「どちらに参りましょうか」

「先日、馬に乗せてくれると言いましたわ。今日は馬に乗せてくれるのですよね?」

「クリュスエント様、クリュスエント様はもう明日で十五歳。成人になられるのです。いつまでも私と一緒に馬に乗っていては周りに何と言われるか……」

「まぁ! アイシュタルトまでフェリスのようなことを言うのね! 明日成人になるのであれば、今日までは良いでしょう? 昨日のわたくしと今日のわたくし、何も変わっていないわ。だから、最後のお願いよ。わたくしを乗せて頂戴」

「はぁ。畏まりました。それでは乗馬用の服にお召し替え下さいませ。外でお待ちしております」

 私が姫に強く出られないのを知っていて、姫は時々無理を仰る。成人式を間近に控えた姫が、護衛とはいえ異性の私と一緒に馬に乗るなど、注意するフェリスの気持ちがよくわかる。
 私は側近としては失格なのであろうな。姫のわがままを聞くだけで、何も注意ができない。あの澄んだ緑色の目に、あの顔に、私への失望が浮かぶのを見たくない。そんな自分可愛さだ。
 ただ、こんな関係も今だけだろう。成人式を迎えれば、異性の側近は外される。間もなく解消される主従関係ならば、後一日このままでもいいではないか。

「お待たせしました。アイシュタルト、それでは行きましょう」

 馬の待機場で姫を待っていた私の元に、乗馬服を纏った姫がやってくる。

「クリュスエント様。本日はどちらまで行かれるご予定ですか?」

「湖まで行けるかしら?」

「畏まりました。お手をどうぞ」

 私の手を取り、姫が馬に跨る。姫は乗馬の練習も嗜みとして行っているはずだ。未だに跨ることすらできないのであろうか。そんな姫を後ろから抱きしめるように座ると、私は手綱を握る。
 姫の長い髪が揺れ、フワリと漂う香水の匂いが私の鼻をくすぐる。心地良い香りについ誘われそうになり、私はグッと手綱を握る手に力を込める。『立場を弁えるように』先日、王から直々にそう申しつけられたが、そのようなことを言われなくても、自分の立場ぐらい、私が一番自覚している。
 早く距離を取ってくれるようにならないだろうか。姫との間に、自分の気持ちが消えて無くなるくらいの距離が空かないだろうかと、何度となく自室で神に祈った。それでも翌朝になればいつもと同様に近づいてくる姫との距離に、嬉しさと苦々しさを同時に嚙み締めた。

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