お見舞いの打診
「アイシュタルト様! 何故あの様な真似をなさったのですか!」
騎士団長室へと向かう城の廊下を歩いていると、後ろから軽い足音とともに声をかけられる。
あぁ。面倒な人に捕まった。クリュスエント姫の教育係、フェリスか。足を止めぬわけにはいかないだろうな。
「何か問題でしたでしょうか?」
私はフェリスの方を向き直り、表情を隠して返事をする。
「な! 先程の、就任式でのことです!」
「だから? 何か問題でも?」
「貴方なら、姫さまの剣先を避けることぐらい、わけのないことでしょう? わざわざ姫さまに傷つけさせる様なこと……」
「お言葉ですが、フェリス様。私は間違ったことをしたつもりはありません。騎士として、主から受けるものが褒美であれ、処罰であれ、粛々と受けるものです」
「ですが! 姫さまは決してそのようなつもりでは……」
「もちろん承知しております。いくらそれが、思うところのない刃であっても、払い落とすようなことはありません。それは、反逆とも取られかねない行為でございます」
「はぁっ! もう良いです!」
「そうですか。では」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
「まだ何か?」
これ以上の話しがあるというのか? 私もさほど暇なわけではない。姫を倒れさせてしまったせいで、この後も何人かに呼び出されているのだ。
「の、後ほど、姫さまがお見舞いに伺うと仰っていました。お部屋にお戻りですか?」
「おみまい? このかすり傷のですか?」
「はい。そのおつもりです」
「そのようなもの必要ありません。騎士である私が怪我をしているのは当然のこと、そう思うようにお話しください」
「もう! 少しは姫さまのお気持ちを汲んで差し上げてください!」
「……おみまいを、受けろと? そう仰るのですか?」
「えぇ! 僅かな時間で構わないのです。一目、姫さまと会ってください」
「遅く、なりますよ?」
「それほどですか?」
「はい。この後招集をかけられております。終わりがわかりませんので」
「っ……っそ、そうですか」
私が、誰に、どのような用件で、呼び出されているのかが伝わった様で、ありがたい。これから何件の叱責を受けるか、私にもわからない。
「できれば、日を改めていただけると……その時間には間違いなく部屋に居るようにいたします」
「そ、それでは明日、明日の午前ではいかがでしょうか?」
「畏まりました。それでは明日、クリュスエント様のことをお待ちしております」
もうこれ以上足止めをされたくはない。私は最大限の笑顔を作り上げて、フェリスの前から立ち去った。
この様な傷の為にお見舞いとは……そこら中から届く召集令状と同じくらい面倒だ。洗礼式を終えたばかりの姫の護衛ならば、容易い任務だと、気楽な気持ちで引き受けたのが間違いであった。
騎士としては間違った行いをしたつもりはないが、それではまかり通らないこともあるようだ。今後も注意を払わねば、また同じ失敗をすることになるか。
はぁ。私はため息を一つついて、次の呼び出し相手、騎士団長の元へと向かった。