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第1話

 四人を乗せた車は、さすがに古来より整備されていた街道ということもあって、谷間をぬうような道路ではあったが比較的平坦な道を走行していた。それでも地形に左右されることがあるために、幾つかの緩やかなカーブがあり、上り坂や下り坂があるのは仕方のないことだった。
 少年は三半規管が丈夫なのか鈍いのか、乗り物には抵抗があったようで平然としていたが、ハンドルを握る父を除いた母と妹が気分を悪くしたらしく、血の気が引いたように顔色が悪くなっていた。それを察した父は速度を落として、一時的にでも休憩できる場所が近辺にないかを探すように息子に告げたので、少年は急いでスマートフォンで地図を検索した。どうやら一キロほど先に道の駅があるようなので、父にそのことを告げてから、ぐったりしている母と妹にエチケット袋を手渡した。
 母のほうはまだ症状が軽いようだったが、妹は歌うのをやめているので相当辛そうだった。効果があるかはわからなかったが、少年はクーラー・ボックスから冷えたお絞りを取り出して、母と妹に頭にあてがうように告げて、隣に座っている妹を介抱した。とはいえ、声をかけても返事をさせてしまうのはまずかったので、黙って見守ることしかできなかった。
 もうすぐ道の駅に到着することを父が告げると、車酔いした二人は少し安堵したような表情を見せた。父も細心の注意を払って急なハンドル操作を極力避けようとしていた。
 嘔吐(もど)したほうが少しは楽になるかもしれないとの考えが脳裏をよぎったものの、それを勧めるのもなにか違うような気がして、少年はもう一枚お絞りを取り出して、窓に頭を押しつけている妹の襟足にそれを広げてあてがった。妹がなにか話そうとしたのを手で制して、少年は小さく頷いた。
 こんなことなら酔い止めの薬を飲むように勧めておけばよかったと後悔したものの、初めて木曾路を行くことになったので、下調べが不充分で想定外だった。今となっては水を飲み込むのも困難だろうと少年は思い、もうすぐ休めるからなと妹を励ました。
 どうやら父と少年の願いは叶えられたようで、二人の目には道の駅の看板がとらえられた。減速してゆっくりと駐車スペースに車が止まると少年は、急いで降りて、助手席のシートを倒して母が楽な姿勢を取られるようにした。父も運転席から降りると、娘に動けるかの確認をとり、それができそうにないことがわかると動かさないようにして、息子が母にしたように楽な姿勢を取るように勧めた。
 少年は父に用を足すことを勧めたものの、二人を残してはいけないようだったので、一人でトイレに向かった。二人のことが気がかりだったものの、生理現象をこらえられないので致し方ない。
 今まで家族旅行は何度も経験しているが、今回のようなことは初めてだった。そのために酔い止めの薬は用意していなかったので、トイレを済ませると少年は、売店を覗いて目的の物を購入してから家族の元へ戻った。父には二人のことは責任を持って見ているからと伝えて、父をトイレに向かわせた。
 少しの振動も毒だと思ったので、車外から二人の様子を窺いながら少年は、缶コーヒーを口にした。地図で確認すると、この先はそれほどカーブの少ない道が続くようなので、トイレから戻ってきた父にそのことを告げて、完全に回復は望めないかもしれないが、せめて薬が飲めるまでは、ここでしばらく休憩することを提案した。
 一時間ほど休憩することになったので、少年は付近の散策をすることにした。母と妹の様子が気になったものの、側にいてもなにもできることがなかったのがその理由の一つだった。二人には申し訳ないと思ったものの、折角木曾路を通ってきたので、まだ目にしたことがない景色を見ておきたいというのが、もう一つの理由だ。父は二人が心配だから側についていたかったようだった。本当に自分には過ぎた父親だと思った。

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