第6話 祖父のもとへ
もうすぐ日が暮れようとしている。空は曇天で、いつ雨が降ってもおかしくないほどに辺りの空気は湿っていた。
あっという間に結界を越えて、白い扉を通る。玄関は誰もおらず、静まり返っていた。
「お祖父様、皓矢です」
ノックをするとすぐに
「入りなさい」
「あの……他にも連れが……」
「わかっている、みな入りなさい」
ゆったりと朗々と言うその言葉は、急いでいたため上がっている息を整えて礼儀正しく入らなければならないと、一同を脅迫しているような圧があった。
「よお、クソジジイ」
だが永はそんなことは構わず、一人先にずんずんと部屋へ入っていった。詮充郎の机目掛けて歩く。
「──三日ぶりだな」
読んでいる新聞から視線を離さずに、次のページをめくりながら詮充郎は言った。
負けじと永も軽口で答える。
「なあに、指折り数えて。そんなに僕らに会いたかった?」
「もちろん。私は何十年と待っていたのでね」
「ぬかせ」
唾でも吐きそうな勢いの永を
「永、口喧嘩してる場合じゃないだろ」
言われた永は口を尖らせて蕾生がいる位置まで戻った。代わりに皓矢が一歩進んで申し出る。
「お祖父様、お願いがあって来ました」
「ああ、わかっている。
言いながら詮充郎は読みかけの新聞をたたみ、積まれた書類の一番上の用紙を手に取って言った。
「ご存知だったんですか?」
皓矢が驚いて聞けば、詮充郎はかけていた老眼鏡を外し、皓矢の方を向いて冷たい表情で言う。
「報告はきておるよ。お前がどう対処するか見定めていた。その様子ではできなかったのだな?」
「申し訳……ありません」
皓矢が項垂れると、詮充郎は落胆を隠さずに大きく息を吐いた。
「当主になる者が情けないぞ。外部から助けを呼んだ挙句、失敗するとは」
「……」
「星弥を連れてきなさい」
「ですが、お祖父様──」
皓矢が言いかけた言葉を遮って、詮充郎は苛立たしげに威圧をかけて命令した。
「星弥を、ここに、連れてきなさい」
「はい……」
従うしかない皓矢が力無く返事をして振り返った時、部屋のドアを開けて入ってくる者がいた。
「お嬢様をお連れしました」
「!!」
秘書の佐藤が軽く会釈をした後、移動式ベッドを押しながら部屋に入ってくる。そこには星弥が寝かされていた。
永も蕾生も突然のことに驚いて一瞬動けなかった。
「佐藤さん! あなた、家に行ったんですか!? いくらあなたでもこれは過干渉だ!」
皓矢は我を忘れて怒鳴った。だが、佐藤は無表情を崩さずに一礼して、感情のない声で謝った。
「申し訳ありません。博士のお時間の無駄を省くために出過ぎた真似をいたしました」
「ああ、いい。手間が省けた。皓矢も落ち着きなさい」
詮充郎と佐藤の間では普通のことなのか、逆に皓矢を嗜めながら詮充郎は立ち上がる。
「……」
皓矢は何も言えなかったが、顔をしかめ続けていた。
ふとすると佐藤はその場から離れて部屋のドア付近で待機している。足音も聞こえず、一瞬の出来事だった。