第10話 苦悩
「けれど、私達の事情は奇異なものですから、外部からの干渉も多くてこれまでに貴方の
「僕らの受けた呪いは、そっち方面ではだいぶ魅力的らしいんだよね。
迷惑な話だよ、と顔をしかめながら笑う永を見て、
「──鈴心、もういい。大丈夫だ」
言いながらその手を話すと、鈴心は心配そうに蕾生を見上げた。
「本当に?」
「何ともねえって、少しは信用しろよ」
笑って言ったつもりだったができていただろうか。
そんな蕾生の虚勢を知っているかのように、鈴心はじっと蕾生を見続けている。
「……」
我慢しなくていい。
文句があれば言え。
何でもいいから吐き出してしまえ。
──そんな圧を感じたので、蕾生は率直な感想を述べる。
「正直言えば……たまらねえよ。俺は何度も何度もお前らを殺してきたってことになる。それだけで死にたくなるほどキツい。でも、俺が思い悩むだけでも鵺化するかもしれない──なら俺は悩んだり後ろ向きになることも、許されない」
自分のことなのに、そう思い悩むことができない。他人の話だと割り切ることは罪深い。ならばどうすればいい?
「ライくん、それは違う」
けれど、蕾生の抱えた
「そうです、ライ。私達を殺しているのはあくまで鵺であって、貴方ではありません」
「でも、元は俺だろ?」
蕾生の問いに、はっきりと首を振って永は言った。
「君が鵺になったことイコール君は鵺に殺されたってことだ。何故なら鵺になった後、僕らはそれと意思の疎通ができたことはない。ただの破壊を繰り返す化け物なんだ。だから、君の内に秘められている鵺は一番最初に君を殺している。そして僕らはその仇を取ってる──残念ながら良くて相打ちなんだけどね」
「そう、考えてもいいのか?」
それは必ずしも事実ではないことは蕾生も気づいている。だが永と鈴心がそうやって、ある意味こじつけて考えてきた事を、愚かだと断じることは誰にもさせない。
二人がそう結論付けたのならそうなんだろうと信じることが、二人のこれまでに報いることなのだ。
「もちろん! ていうか、そうなんだよ」
「ライが悩む必要なんてないんです」
明るく笑う二人に、蕾生は心の底から安心した。
「わかった──ありがとう、お前らがいてくれて良かった」
蕾生の言葉に、永も鈴心も満足そうに頷いた。
これでまた、明日を生きることができる。
前を向いて、運命に立ち向かっていく。
「さあて、薄暗くなってきたから今日はオヒラキにする?」
緊張が解けた永はうんと伸びをして言った。
「銀騎の爺さんの提案はどうするんだ?」
「んなもん、無視に決まってるじゃん! まさかライくん、取り引きに応じようとか思ってないよね?」
「呪いを解く方法があるって言うなら、俺は別にいい」
蕾生が素直にそう言うと、永はあり得ないと一蹴して語気を強める。
「そんなのハッタリだよ! ジジイの所に行ったら絶対帰って来れないから!」
「鈴心もそう思うか?」
あの時、鈴心は少し揺れていた。そこの所を確認したくて蕾生が聞くと、鈴心は少し考えて答える。
「可能性はゼロではないと思います。でも改めて考えるとやはり信じられません。
仮に呪いを解く方法が銀騎にあったとして、蕾生を預けた後本当に呪いを解いてくれるのか。そこの所が信用に値しないと鈴心は言う。
「だからね、今日はさっきリンが言ってた通り、
「じゃあ、あれを取り返す方法を考えるんだな?」
「うん。一晩考えてみるよ。だから今日は解散」
そうして永が立ち上がると、鈴心がおずおずと尋ねた。
「あの、ハル様……
「うん? いや僕が処断できる訳ないでしょ。今日はしてやられたけど。まあ、今後の彼女の出方次第かな」
すっかり忘れていたような顔をして、永は興味なさそうに答えた。どうやらまだ腹に据えかねているらしい。
「引き続き協力してくれるように頼みます」
懇願するように言う鈴心に、永は困ったように口を曲げて言った。
「いや、お前が頭を下げる必要はない。彼女の自由にさせてやれば?」
「わかりました。では、私は戻ります」
「うん。また明日ねー」
永がそう言うとすぐに振り返って駆け出し、あっという間に姿が見えなくなった。そんな鈴心の背中を見送って永がぽつりと呟く。
「不安だなあ」
「何がだ?」
蕾生が聞けば、永は困った顔でその心情を打ち明けた。
「リンの気持ちが、だよ。今回は銀騎の身内に生まれてしまったせいか、銀騎に心を寄せすぎている気がする。特に
「それは、仕方ないだろ?」
二人の姉妹のような雰囲気を思い返す。その間には永も蕾生も入れないような家族の絆を感じる。けれどそれは血縁として生まれてしまったからには抗い難いことだ。
「うん……これが悪い方に影響しないといいけど。ここまで
「そうだな……」
永も蕾生も、その漠然とした不安に少し身震いした。
公園の電灯が点る。その光に気づいたことで、辺りの闇に気づかされた。