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第7話 取引

「──!!」
 
 はっきりと提示された残酷過ぎる運命に、蕾生(らいお)の体は強張った。
 
 その体を守るように、(はるか)鈴心(すずね)も必死で抱きしめる。
 一瞬、部屋全体が静まりかえった。


 
 緊張を高めた皓矢(こうや)は右手で構えてから、低い声で言う。
 
星弥(せいや)、こちらへ」
 
「え?」
 
 お互いを固く抱きしめ合う三人の側で、星弥が皓矢に視線を移す。それと同時に詮充郎(せんじゅうろう)が蕾生に向けて静かな口調で付け足した。
 
「古い文献に残っているぞ。お前が(ぬえ)になる運命を知った途端に変化して、その場の人間を皆殺しにしたことがな」
 
「──!!」
 
 それを聞いて、星弥は思わず一歩後ずさる。
 
「星弥! こっちに来なさい!」
 
「でも……」
 
 星弥にはそれは現実味がないように思えた。
 目の前の三人はお互いを思い合って必死に抗っている。理不尽な運命を負わされても肩を寄せ合って耐えている。
 
「ライ……」
 
「ライッ!」
 
 蕾生に呼びかける永と鈴心の姿はとても健気で、蕾生を心から愛しているのだと思えた。
 そんな二人の心を、星弥の知る蕾生なら裏切るようなことは、しない。
 
「星弥!!」
 
 焦って声を荒らげる皓矢を無視した星弥は、蕾生を見つめて呟いた。

 
 
「唯くんは、強いから、大丈夫……だよね?」

 
 
「──!」
 
 糸が張り詰めたような緊張から少しの静寂の後、蕾生の瞳に緩やかに光が戻っていく。
 
「は、るか。鈴心……」
 
 たどたどしい、その声には体温が通っていた。
 
「ライくん?」
 
「ライ……?」
 
 永も鈴心も、抱きついたままその顔を見上げる。そこにはいつもの蕾生があった。
 
「大丈夫、俺は、大丈夫だ。何ともない」
 
 しっかりとした言葉に、永も鈴心も安心して抱きしめていた手を緩めた。
 
「良かった……」
 
 永が漏らした言葉に微笑んだ後、蕾生は少し後ろの星弥に目を向ける。すると星弥はにっこり笑って頷いた。
 蕾生も頷き返すが、少し照れ臭かった。何しろ、永と鈴心が泣きそうな顔で自分に縋っている様を見せたのだから。

 
  
「素晴らしい。第一関門突破、おめでとう」
 
 部屋中に乾いた拍手の音が響く。大仰に言う詮充郎に、永は怒りをこめた目で睨みつけた。
 
「テメエ……ッ」
 
 それを受けてサッと前に立ちはだかる皓矢を特に気にもせずに、詮充郎は事務的な態度で別のボタンを押した。
 
「さて、次はこれを見ていただこう」
 
 すると詮充郎の座る机の後方に棚が現れる。そこには一振りの日本刀が鞘に入った状態で掛けてあった。橙色の飾り紐がその場の全員の目をひいた。
 
「それは──!」
 
 永が思わず身を乗り出すと、詮充郎は満足げに笑う。
 
「お前が懸命に探し回っているのはこれだろう?」
 
萱獅子刀(かんじしとう)……そんなところに」
 
 鈴心の言葉に蕾生も日本刀を見やる。だが、鵺の遺骸ほどの──心を揺さぶられるような気持ちは湧かなかった。
 
「これも私が丁寧に保管しておいてやったのだ。謝辞くらいは述べるべきでは?」
 
「誰が!」
 
 永が吐き捨てると、詮充郎は片眉を上げて挑発するように返す。
 
「これをくれてやると言ったら?」
 
「なんだと?」
 
「萱獅子刀を渡す見返りに、(ただ)蕾生(らいお)をしばらく預からせて欲しい」
 
「ふざけるな!」
 
 取り付く島もない永の態度にも、余裕の笑みで詮充郎は続けた。
 
「私の望みが叶ったら、皓矢を貸してやろう」
 
「ハ?」
 
「皓矢の力と萱獅子刀をもって、鵺化の呪いを解く方法を教えてやろう。破格の条件だとは思わないかね?」
 
 永は開いた口が塞がらなかった。そんなことが可能だとは到底思えなかったからだ。
 
「本当ですか?」
 
 だが、鈴心は光明を見たような顔をして聞き返す。それに気を良くした詮充郎はニヤリと笑って蕾生に問いかけた。
 
「どうする? ケモノの王よ」
 
「……」
 
 蕾生には答えが出せずにいた。まだそこまでの判断ができるほど自分の状況が飲み込めていない。頭ごなしに否定し続ける永と、少し信じ始めている鈴心の間で、蕾生の心は揺れ動いていた。
 
「お前なんかに呪いが解ける訳がない! 帰るぞ、ライ、リン!」
 
 怒り心頭の永の言葉は、蕾生と鈴心に有無を言わせない迫力があった。優先すべきは永の判断だ、と蕾生は思い直す。
 
「いいだろう、今日はここまでだ。よく考えなさい。良い返事を期待している」
 
 意外にも詮充郎はあっさり引き下がった。だがその言葉は永ではなく蕾生に向けたものだった。
 ぶりぶり怒って部屋を出ていく永に従って、鈴心も部屋を出ようとしていた。蕾生もそれに続くが、詮充郎の視線が気になってもう一度振り返る。
 
 詮充郎は蕾生を見つめて軽く笑っていた。
 蕾生の揺れる心を見透かしているかのように。

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