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5-7 取引

「──!!」
 はっきりと提示された残酷過ぎる運命に、蕾生(らいお)の体は強張った。
 
 その体を守るように、(はるか)鈴心(すずね)も必死で抱きしめる。
 一瞬、部屋全体が静まりかえった。
 
 緊張を高めた皓矢(こうや)は右手で構えてから、低い声で言う。
 
星弥(せいや)、こちらへ」
「え?」
 
 お互いを固く抱きしめ合う三人の側で、星弥が皓矢に視線を移す。それと同時に詮充郎(せんじゅうろう)が蕾生に向けて静かな口調で付け足した。
 
「古い文献に残っているぞ。お前が(ぬえ)になる運命を知った途端に変化して、その場の人間を皆殺しにしたことがな」
 
「──!!」
 それを聞いて、星弥は思わず一歩後ずさる。
 
「星弥!こっちに来なさい!」
 
「でも……」
 星弥にはそれは現実味がないように思えた。
 
 目の前の三人はお互いを思い合って必死に抗っている。理不尽な運命を負わされても肩を寄せ合って耐えている。
 
「ライ……」
「ライッ!」
 蕾生に呼びかける永と鈴心の姿はとても健気で、蕾生を心から愛しているのだと思えた。
 
 そんな二人の心を、星弥の知る蕾生なら裏切るようなことはしない。
 
「星弥!!」
 
 焦って声を荒らげる皓矢を無視した星弥は、蕾生を見つめて呟いた。

 
「唯くんは、強いから、大丈夫……だよね?」

  
「──!」
 糸が張り詰めたような緊張から少しの静寂の後、蕾生の瞳に緩やかに光が戻っていく。
 
「は、るか。鈴心……」
 たどたどしい、その声には体温が通っていた。
 
「ライくん?」
「ライ……?」
 永も鈴心も、抱きついたままその顔を見上げる。そこにはいつもの蕾生があった。
 
「大丈夫、俺は、大丈夫だ。何ともない」
 
 しっかりとした言葉に、永も鈴心も安心して抱きしめていた手を緩めた。
 
「良かった……」
 
 永が漏らした言葉に微笑んだ後、蕾生は少し後ろの星弥に目を向ける。すると星弥はにっこり笑って頷いた。
 蕾生も頷き返すが、少し照れ臭かった。何しろ永と鈴心が泣きそうな顔で自分に縋っている様を見せたのだから。

  
「──素晴らしい。第一関門突破、おめでとう」
 
 部屋中に乾いた拍手の音が響く。大仰に言う詮充郎に、永は怒りをこめた目で睨みつけた。
 
「テメエ……ッ」
 
 それを受けてサッと前に立ちはだかる皓矢を特に気にもせずに、詮充郎は事務的な態度で別のボタンを押した。
 
「さて、次はこれを見ていただこう」
 
 すると詮充郎の座る机の後方に棚が現れる。そこには一振りの日本刀が鞘に入った状態で掛けてあった。橙色の飾り紐がその場の全員の目をひいた。
 
「それは──!」
 
 永が思わず身を乗り出すと、詮充郎は満足げに笑う。
 
「お前が懸命に探し回っているのはこれだろう?」
 
萱獅子刀(かんじしとう)……そんなところに」
 
 鈴心の言葉に蕾生も日本刀を見やる。だが、鵺の遺骸ほどの──心を揺さぶられるような気持ちは湧かなかった。
 
「これも私が丁寧に保管しておいてやったのだ。謝辞くらいは述べるべきでは?」
 
「誰が!」
 
 永が吐き捨てると、詮充郎は片眉を上げて挑発するように返す。
 
「これをくれてやると言ったら?」
 
「──なんだと?」
 
「萱獅子刀を渡す見返りに(ただ)蕾生(らいお)をしばらく預からせて欲しい」
 
「ふざけるな!」
 
 取り付く島もない永の態度にも余裕の笑みで詮充郎は続けた。
 
「私の望みが叶ったら、皓矢を貸してやろう」
 
「──ハ?」
 
「皓矢の力と萱獅子刀をもって、鵺化の呪いを解く方法を教えてやろう。破格の条件だとは思わないかね?」
 
 永は開いた口が塞がらなかった。そんなことが可能だとは到底思えなかったからだ。
 
「本当ですか?」
 
 だが、鈴心は光明を見たような顔をして聞き返す。それに気を良くした詮充郎はニヤリと笑って蕾生に問いかけた。
 
「どうする?ケモノの王よ」
 
「……」
 
 蕾生には答えが出せずにいた。まだそこまでの判断ができるほど自分の状況が飲み込めていない。頭ごなしに否定し続ける永と、少し信じ始めている鈴心の間で、蕾生の心は揺れ動いていた。
 
「お前なんかに呪いが解ける訳がない!帰るぞ、ライ、リン!」
 
 怒り心頭の永の言葉は、蕾生と鈴心に有無を言わせない迫力があった。優先すべきは永の判断だ、と蕾生は思い返す。
 
「いいだろう、今日はここまでだ。よく考えなさい。良い返事を期待している」
 
 意外にも詮充郎はあっさり引き下がった。だがその言葉は永ではなく蕾生に向けたものだった。
 
 ぶりぶり怒って部屋を出ていく永に従って、鈴心も部屋を出ようとしていた。蕾生もそれに続くが、詮充郎の視線が気になってもう一度振り返る。
 
 詮充郎は蕾生を見つめて軽く笑っていた。蕾生の揺れる心を見透かしているかのように。

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