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4-7 前世のこと

「俺からも聞いていいか?」
 
「ものによりますが、なんです?」
 
 鈴心(すずね)が少し押し黙った隙に、(はるか)に聞く機会を逃していることを蕾生(らいお)は聞いてみた。
 
雷郷(らいごう)ってどんなヤツだった?」
 
「──気になるんですか?」
 鈴心は少し目を丸くして聞き返す。
 
「そりゃあな。俺は記憶がねえんだ、前世の情報は聞けるもんなら聞きたい」
 
「ライは今のままでいい、とハル様ならおっしゃると思いますよ」
 
「そういうことじゃねえ。俺はこれからどう行動すればいいのか、その根拠になり得る事実を少しでも知っておきたいんだ。──永のために」
 
 はぐらかそうとする鈴心の瞳を見据えて、蕾生はそう主張する。
 その心を汲み取ったのか、鈴心は息を吐いて少し笑った。
 
「私に聞いて正解ですよ、ライ。ハル様のため、と言われたら教えない訳にはいかない」
 
「おう、教えてくれ」
 
「ハル様には内緒ですよ。少しだけですからね」
 
 そう念を押すと、鈴心は思い出を語るように少しずつ話し始めた。
 
「雷郷は──確か当時の私より四つか五つ程年上でした。私と同じ境遇で治親(はるちか)様に仕えるようになったと聞いています」
 
「ああ、それは永から少し聞いた。戦争孤児だったんだろ?」
 
「そうですね、農民の出だとも言っていました。ですが私が治親様に拾われた頃にはすでに郎党衆の筆頭のような位置にいました」
 
「それってすごいのか?」
 
 少し蕾生が期待をこめて聞くと、鈴心は言いにくそうに語る。
 
「まあ……治親様は変わり者だったので、私達のような後見のいない者でも功を立てればそれなりの待遇を与えてくださいましたから。ただ、腕っぷしで上がっただけなので、私達に武家の部下のような発言権はありませんでした」
 
「──そりゃそうだな」
 
 けれど、と前置いて鈴心は柔らかな表情で言う。
 
「雷郷は常に治親様のお側に仕え、どんな戦場でも必ず武勲を上げていました。事実上、貴方は右腕だったんです──今のように」
 
「──そっか」
 その言葉に蕾生は満足感を覚える。
 
「だからそんなに変わりませんよ。貴方は常にハル様のために行動してきた。今回もそれをすればいいだけです」
 
「その行動ってのを具体的に知りてえんだ。で、その後は?」
 
「その後、とは?」
 
 鈴心は小首を傾げているので、蕾生はもどかしくなって急かす。
 
「だから、(ぬえ)が出てきた後は?鵺を倒した時のことも教えろよ」
 
 すると鈴心の表情が途端に曇った。
「……貴方が止めを刺したことは聞いていますね?」
 
「ああ、だから俺が一番呪いを強く受けてるんだろ?」
 
「ならば、私から言えることはまだありません」
 
 突然の遮断だった。このまますんなり聞けそうだと思っていた蕾生はあてが外れて落胆する。
 
「えー、お前までそれかよ」
 
「それ以上はハル様がお話してくださるのを待ちなさい」
 
「いつまでだよ?」
 
「さあ、それは……」
 
 鈴心が言葉を濁していると、後方から永の声が聞こえた。
 
「おーい、そろそろ終わりにしようかー」
 
「──時間切れですね」
 それを受けて鈴心は立ち上がり、膝についた泥を払った。
 
「おい、結局たいした話は聞けてねえぞ」
 
 蕾生が不満をぶつけると、涼しい顔で鈴心は答える。
 
「そうですか?私は一応満足ですが」
 
「くそぉ」
 
 悔しがる蕾生に、よく通る声で付け加える。
 
「時が来ればいずれ知ることになります。それまでにもっと強くなりなさい」
 
「はあ?」
 
「その時、貴方がどうするかで私達の運命が決まる」
 
「──それ、どういう……」
 
 酷く抽象的な言葉の意味を蕾生が理解できるはずもなく、もっと聞き出そうと思った所で星弥がこちらに駆けてきた。
 
「すずちゃん、お疲れ様!お膝汚れちゃったね、着替えよ?」
 
「星弥、子ども扱いしないでください。草むしりしたんです、膝くらい汚れます」
 
 あからさまに嫌がる鈴心にも星弥は動じずに笑顔でその肩を掴んで連れていこうとする。
 鈴心も結局は諦めているのだろう、それ以上文句を言うこともなく星弥に従った。
 
「うんうん、わかった。じゃあ唯くん、また後でね」
 
「あ、ああ……」
 
 鈴心が連れ去られる姿を見送りながら呆けていると、永がニヤニヤしながら近づいてくる。
 
「──有意義なおしゃべりはできたかな?」
 
「いや、全然」
 
「そう?リンは楽しそうだったよ?」
 
「あの仏頂面でか?」
 
 蕾生が憎まれ口を叩いても、永は笑顔で返す。
 
「うん、とっても」
 
「──俺にはわかんねえな」


  
 わからない。
 永を守るにはこれからどうしたらいいのか。
 鈴心が言う「強くなれ」とはどれくらいなのか。
 鵺は、どこまで近づいているのか。
 蕾生にはまだ何もわからない。

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