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第5話 どうせ罠

 コレタマ部を作った帰り、星弥(せいや)は駅前まで足を延ばしてスーパーマーケットに行き、鈴心(すずね)が喜びそうな可愛らしいノートをいくつか見繕った後帰宅した。
 
「ただいまあ」
 
 玄関に入ると、母親が弾んだ声で星弥を迎え、急かすように手招きをしている。
 
「おかえり、星弥! こっちこっち!」
 
「お母様? どうかしたの?」
 
 促されるまま応接室に入ると、部屋の中央で鈴心が今自分が着ているものと同じ服を着させられて立っていた。
 傍らでは銀騎(しらき)家お抱えのテイラーが、まち針を巧みに操って鈴心の着ている制服を調整している。
 
「──」
 
 人間は驚き過ぎると何も言葉が出てこないし、思考もうまく回らない。十六年生きてきて、星弥はその事をこの日思い知った。
 
「ねえ? 可愛いでしょ?」
 
 ウキウキでルンルンの母に尻込みしながら、星弥はなんとか現状について問いかける。
 その様を鈴心は居心地悪そうに頬を赤らめながら見ていた。
 
「あ、う……な、何事?」
 
「すぅちゃんがね、高校に通うことになったのよ。あなたと同じ一年生で!」
 
「え!? だってすずちゃんはまだ中学生でしょ?」
 
 母からの突拍子もない説明に驚いていると、すぐ後ろで補足が聞こえてきた。
 
「──中学の過程はとっくに終えてるからね」
 
「兄さん!」
 
 振り返ると皓矢(こうや)がそこに立っており、母親同様に上機嫌だった。
 
「うん、鈴心、よく似合ってるよ」
 
「どうも……」
 
 鈴心はますます顔を赤らめて一言呟く。ニコニコの兄に、星弥は改めて聞いた。
 
「兄さん、どういうこと?」
 
「うん、ここ最近、僕の研究が忙しくて鈴心にろくに教えてあげられていないからね。最近は体調も安定してるし、学校に行かせたらどうかとお祖父様がね」
 
「お、お祖父様が!?」
 
 星弥は直感でヤバイと思った。祖父が突然そんなことをするなんて、確実にあの二人が関係しているせいだ。
 
「とは言え、たった一人で中学校へ行かせて体調を崩したら大変だから、星弥と同じ高校に編入手続きをとったんだよ。飛び級の帰国子女ってことにしてね」
 
「──」
 
 どうする、反対するべきか。それともこれを逆に利用するのか。周防(すおう)くんならどうするだろう、(ただ)くんはどう思うだろう。
 色々なことが瞬時に星弥の頭を駆け巡っているうちに、皓矢が先んじて結論を突きつけた。
 
「だから星弥、よろしく頼んだよ?」
 
「星弥、私からもお願いね」
 
 しかも母の後押し付きで。
 こうなっては星弥に状況を覆すことなどできない。そもそも祖父の意向に逆らえるはずもない。
 そうしてあれよあれよという間に、今日を迎えてしまった。


 
 ◇ ◇ ◇


 
「──という訳で、美少女転入生の御堂(みどう)鈴心(すずね)ちゃんです!!」
 
 説明し終わった星弥はやぶれかぶれの勢いで、もう一度明るく鈴心を紹介した。
 その様に鈴心も蕾生(らいお)も溜息しか出ない。
 
「……おっかしい」
 
 (はるか)が首を傾げて言うと、星弥はにこやかに凄んで言う。
 
「すずちゃんが美少女ではない、と?」
 
「いやそれに異論はないけど」
 
 ──ないんだ、と蕾生は心の中でつっこんだ。永と星弥は蕾生の手の届かない次元で言葉を交わしている。こういう時は放置が正解だろうと最近は思うことにしている。
 
「どうせ罠なんだろ? 絶対おかしいよ」
 
「デスヨネー」
 
 永の疑いは当然で、星弥もそれを棒読みで肯定した。その空気感に耐えられなくなったのだろう、やっと鈴心が口を開く。
 
「まあ、タイミングがあれなんで、私もそう思います」
 
「鈴心はなんか聞いてんのか?」
 
 蕾生が尋ねると鈴心は小さく首を振った。
 
「いえ。ほんの数日前にお兄様から『学校に行く気はあるか』と聞かれたので、ある、と答えたらトントン拍子に」
 
「あのジジイ、何考えてんだ……」
 
 永は歯噛みしながら宙を睨んでいた。
 
「家の外に出られさえすれば、中学に行くふりをしてハル様の所に馳せ参じることができると思ったので承知したら、まさか──」
 
「全部お膳立てされたって訳ね」
 
「はい」
 
 そこまで聞いて蕾生からも感想が漏れる。
 
「バカの俺でもなんかあると思うな」
 
「そうですね……」
 
 鈴心の相槌になにか含みを感じた蕾生は、思わず掘り下げてしまった。
 
「おい、今バカを肯定したか?」
 
「ああ、はい」
 
 悪びれずに頷く鈴心に頭にきて、挑発に乗ってしまう。
 
「クソガキ、そこに座れ。説教だ」
 
「冗談でしょう。貴方に説かれる教えなんてある訳がない」
 
 スンとした態度の鈴心に、どうしてくれようかと蕾生が歯を食いしばった所で星弥からタオルが投げられる。
 
「ストップ、ストーップ! 興奮しないの! すずちゃんたら、いつになくご機嫌だね?」
 
「すみません、つい」
 
 今のがご機嫌? わかりにくい! ──と蕾生がやり場のない苛立ちを持て余していると、やっと冷静な声音の永が戻ってきた。
 
「つまりは、向こうも動き出したってことか」
 
 すると鈴心も蕾生を華麗に無視して永に向き直る。
 
「はい、真意は掴めていませんが。早急に探ります」
 
「うん、でもあまり目立つなよ? しばらくは大人しく銀騎さんと一緒に学校に通うだけにしな」
 
「御意」
 
 このガキには後で必ず思い知らせてやると蕾生は密かに誓う。
 
「駆け引きはもう始まってる。ライ、気を抜くな」
 
 蕾生に向ける永の目はいつにも増して主君然としていて、それだけで蕾生の気を引き締めるには充分だった。
 
「ああ、わかってる」
 
 おそらく罠なのだろうが、リンがこちらに帰ってきたことを今は喜んでいよう、と言う永に従い蕾生はまた誓いを改める。
 
 鈴心と星弥も含めて四人で協力していく。そして自分は皆の盾になる、と。

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