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16 本気だから後悔する

「はあ……」

 大袈裟に溜息を吐くアニーを見て、今回のチームリーダーであるマリーゴールドは怪訝な顔で声をかけた。

「おう、どうした。アーちゃんよ、今日はずっとそんな顔してるじゃねえか」

「アニキ、もうアーちゃんなんて呼ばないでくださいよ。俺、26ッスよ」

「ははっ、俺にとっちゃあお前なんざまだまだ坊やだな。今日は随分といい血色でやって来たと思ってたのによ」

 マリーゴールドは豪快に笑っていた。アニーは自分の顔の肌触りを気にしながら聞く。

「マジっすか」

「少なくとも、お前が目の下にクマを作っていないのは初めて見たな」

「マジか……それは相当だな……」

 アニーはそのまま頬杖をついて自分の変化に驚いていた。

「ははあん、おめえ、とうとうイイ抱き枕見つけたんだな?やるねえ、小僧っこが」

 マリーゴールドが少し下世話な笑みを浮かべたが、アニーはそれをスルーして力無く呟いた。

「抱き枕、ねえ。確かにあれは極上ですよ……」

「ほっほほお、お前からそんな色惚けが聞けるなんざ、長生きするもんだ。安心したぜ」

「明日の朝には手放しますけどね……」

「なんで?」

 キョトンと首を傾げても全然可愛くないマリーゴールドを横目で見ながら、アニーは更に溜息を吐いた。

「俺だってツラいんですよ……本気になる前に別れちまった方がいい時もあるでしょ?」

「バカ、おめえ。そんな時はねえよ」

 マリーゴールドは目を丸くして真面目な顔で答えた。

「その様子じゃあ、どうせ後悔するんだろうよ。だったら手元に置いて一緒に後悔すりゃあいい」

「簡単に言わないでくださいよ……俺だって散々悩んだんだから」

「どうも要領を得ねえな」

「あの子はね、アニキの想像も及ばない場所にいる子なんですよ」

「そんなんで今夜の任務やれるのか?」

「大丈夫、日が落ちたらちゃんとします」

 煩そうに顔を顰めて肩を落とすアニーの様子に、マリーゴールドは肩を竦めるしかなかった。

「随分と厄介な相手に惚れたもんだな。まあ、そこまで思える相手なんざこの先に二人といねえだろ。腹ァ決めるんだな」

「……」

 アニーがもう返事もしなくなったのを見届けてから、マリーゴールドは部屋から出ていった。ガハハと愉快そうに笑いながら。

「他人事だと思って……」

 アニーの呟きは、窓の外を流れる川に落ちた。




 一方、ミチルの方は。

「川はあったけど、家がないな……」

 薄暗い森の中を散策していた。森の外に道路があったはずなのに、「川」という単語のせいでミチルは大きく人里を外れてしまっている。
 前も森の中で相当な目にあったのに、ミチルはもう忘れていた。なんならここが鬱蒼とした森だという事もまだわかっていない。

「ほんとにこんな所に屋敷があるのかな?」

 ミチルは草をかきわけて森を進んでいく。もうすぐ日が暮れてしまうのも忘れて、ただ川に沿って歩いていた。

 行けども行けども森はミチルになんの兆しも見せてくれなかった。そうしているうちにとうとう日が暮れてしまい、気がつくとミチルは暗闇の中で立ち往生していた。

「やべ……もう全然見えない」

 灯りすらも感じられないと言うことは、近くに屋敷もないと言うことだ。
 ミチルは一気に不安になって泣き叫んだ。

「ああーん!おじさんのウソつきィ!何が赤いサルビアの人だよぉ!黒い木ばっかりだよぉ!」

 すると、不意にガサガサと音がした。

「今、ボスを呼んだのは誰だ?」

「ヒィ!!」

 低い男性の声がした。その気配はすでに数歩先まで迫っている。

「テンの使者か?」

 ミチルには何のことかわからなかったので、一か八か答えてみた。

「アニー、アニーはいますか?」

「アニーだって?……ちょっと待ってろ、今火をつける」

 声の主はそう言うとマッチを擦って、手持ちのランプに火を灯した。
 そうしてようやく人影の全貌が見える。

「ぎゃあああ!ヒグマぁ!」

 毛むくじゃらで、黒く大きなその姿にミチルは思わず悲鳴を上げた。

「騒ぐな!……ん?」

「あうあう……」

「なんだお前?……子どもか?」

 ヒグマのようなおじさんはマリーゴールドだった。

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