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エピローグ ローリエ教徒たるもの、自然と人を愛しなさい

 大熊の襲撃の日から一年と三ヶ月ほど過ぎた日。

 バスカヴィル暦十三年九月十二日の朝。

 フルール王国の辺境にある漁村、ネルケ村から一人の男が旅立とうとしていた。

 青年の名はジュール。ある日、前世のイディオ・クリミネルとしての記憶が蘇り、それまで生きてきたジュールとしての記憶と反発しながらも、どうにか今の世を生きるジュールという一人の青年のアイデンティティを確立した。

 街中で急に魔法を使おうとしたりなど、非常識な行いも多々あったが、大熊の襲撃の際には先陣を切って活躍、その討伐に貢献した。

 そんな彼が、遂に今日旅立つのだ。

 大熊によってもたらされた混乱や被害は、この一年程でどうにか終結し、安定した村に戻りつつあった。

 旅の資金も充分蓄えた彼は、まず一番近い街によってそこからどの方角に行くか決めるという何ともアバウトで危なっかしい旅を始めようとしていた。

 「……こんなもんかな…?」

 ここまで書いていたのは、私が村長さんから承った新たな仕事の一編。『ネルケ村記』という歴史書を書くという物だ。

 大熊の件で図書館が壊れてしまい、もう一度村の歴史を書き留めた本を作りたいと思った事から、制作がスタートした。

 私一人で作っているわけではなく、生まれる前の様な昔の事は当時の事を知っているお年寄りが担当している。私はここ五年の歴史だ。

 だが、案外担当していた時代のネルケ村はのんびりとした日々を送っていたせいで、大熊襲撃以外はあまり書く事が無かった。

 なので、私はこっそりネルケ村記の中にジュールの章を入れ込んでいる。

 きっと偉大な人になるであろう彼がいつか世界中の人々に語られるようになった時に、この村で生まれ育ち旅立ったのだとわかって貰えるように。

 大熊討伐の時には実際、獅子奮迅の活躍をしたそうだし、まあ書いても村長さんも許してくれるだろう。

 はぁ…この一年色々あった。

 特にジュール関係は。彼が旅の資金を集めるために様々な仕事を手伝っていたのだが、あまりにも覚えが悪く各方面からクレームが殺到した。私に。

 なんでだよ。私別にアイツの保護者じゃないんだぞ。

 最後はオルタンシアさんのグリ・ルーで働き始めて、一番長続きしていたな。つい数日前まで働いてたんだもの。

 確か辞める日にはパーティーしたんだっけ、オルタンシアさんとジュールの家族で。めっちゃ楽しそうじゃん、なんで私呼ばないの。…保護者じゃないからか…。

 グリ・ルーだけじゃなくて、居住区の復興の仕事も手伝っていたみたいだし、結局かなり稼いでいたのでは…?前世を思い出す前のジュールとはもう別人だな。

 で、今日の朝ジュールは意気揚々と出かけて行った。昨年の年末辺りに、この村にも馬車が回る様になり、交通の便が楽になったのだ。いわゆる街へ行くという行為がしやすくなった。

 ジュールはその馬車の始発の便に乗って、多くの村民に見送られて旅立った。

 ジュールの父、カザミさんは少し涙を浮かべていたけど、「男なら、一度は広い世界に旅立つものだ!」と見送っていたので、心は晴れやかだったのではないかと思う。

 私も手を振って見送った。心は少し寂しかった。

 そして見送った帰りにユモン様とお話をした。ユモン様も見送りに来てくださっていたのだ。お優しい方だ。

 その時に私が何故ジュールの唯一の友達なのか、その理由を教えてもらった。

 それは私が、アンブラ軍の将校さんの生まれ変わりだからだそう。前世からの因縁というか、関係が私とジュールを強く結びつけ、他の人たちとは違う深く親密な仲になれる…らしい。というかだから、私にジュールを任せたとの事だった。

 更には血統もその将校の弟にあたるらしい。じゃあ私も時代が時代なら、苗字を持った貴族だったのかもしれない…。くそう。

 なぜ最初にユモン様のところに訪れた際にその事をお教え下さらなかったのか、と聞くと「前世の記憶が蘇るものなど稀です。貴方の場合は先祖ですが、その記憶が蘇るなんて保証はどこにもない。だからこそ、彼に関わっていく中で、もし思い出せたのならそれがいいかと思ったのですが、そうはならなかった…だから今、彼が旅立った時に貴方に伝えようと思ったのです」と言われた。

 私の先祖の事などをジュールに話すかどうかは、私に任せると言われた。

 正直話した事で、関係が壊れてしまうのが怖いが…いつか、ふとした時に話せるといいなと…私は思う。

 それにしてもユモン様はどうやって、私が将校さんの生まれ変わりだって知ったんだろう。ご先祖の事は何か記録とかがあればできそうだけど…生まれ変わりって……教会って…凄い…。

 こんな事を考えながら執筆作業をしていると、既に時間はお昼を食べる時間になっていた。

 これはこれは…グリ・ルーに行ってオニオングラタンスープを食べるしかないなぁ!

 私はすぐさま仕事場から飛び出し、商業区屈指の名店に走り出した。

 「あ、アン姉~!お昼食べるの~?」

 道中ノワイエと子供たちに出会った。勿論お手伝いさんの二人も一緒だ。

 「そうだよ、グリ・ルーに行くんだから」

 私は腿上げするかのように足を上下させ、急いでる感を頑張って伝えた。…これ辛いな…。

 「じゃ、ちょうどいいから、一緒に食べない?子供たちも行きたいってさぁ~」

 ノワイエがしゃがみながら子供たちに聞くと、一斉に「食べたーい!」と言ってきた。可愛い…。お手伝いさんは苦笑いをしているが。

 「じゃ、一緒に行きましょ。早く行かないと混んじゃうから」

 「は~い」

 私とノワイエたちはグリ・ルーへと向かっていった。

 子供たちと一緒に歩くのは気を張るが案外楽しいものだ。

 ノワイエが変な事を言う度に、それに子供たちと一緒にツッコんだりしていると、ふとジュールの事を思い出してしまう。アイツも時々変な事言ってたしね、子供引きつれてさ。

 …広い空の下、太陽は丁度真上から私たちを照らしている。きっと彼の事も照らしてくれているだろう。

 ジュールは今頃どこで何をしているだろうか。

 もう街にいるかな?それとももう次の場所へ行ったかな?

 もし一時的にでも帰ってくる事があれば、王都で人気のスイーツがいいな。気になってたんだよね。

 あの日、私の幼馴染だった貴方が急に性格変わって怖かったけど…今はそんな貴方も大好きよ!いつでも帰ってらっしゃい!村の誰でもない唯一の友達である私が待ってるんだから!

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