最終話 帰郷の際にはお菓子のお土産があるといいでしょう
ジュールが前世の記憶を思い出してから三十日、私が大熊にぶっ飛ばされてから三日後。今日はジュールの誕生日だ。
そう、遂にジュールの洗礼の日がやって来たという事だ。
…心配だ…ここ三日はかなり常識的な行動を心掛けているみたいだけど、ふとした時に失礼がでないか…心配だ…。
私は今日から歩いて移動できるようになったので、ネルケ村の居住区の復興を手伝う事にした。
とは言え、まだそこまでガンガン動いていいとはお医者さんから言われていないので、壊れかけていたお墓を掃除する仕事を担当していた。
何とこの仕事、お金が貰えるのだ。お給金がある仕事をするのは人生初!頑張るぞー!
ギシギシとまだ動くことにぎこちない体を使って、箒で墓石から埃を払う。
段々と墓石に刻まれている文字が現れてくる。あ、これはおばさんの娘さんのお墓だ。確か流行り病で亡くなったんだったな。おばさんはその娘さんの分まで生きてるのよ!なんて言ってたけど…私が上手く説得できなかったから、死なせてしまった…。
娘さんのお墓の隣に一個空間がある。まだお墓が作れるな。
おばさんの遺体は今ユモン様の管理の元、教会の霊安室に保管されている。おばさんのお墓を作るならここにしよう。きっと喜んでくれる。
何となく落ちていた枝で、おばさんのお墓の分のスペースに四角を描いて陣取りをしておいた。うんうん、これでオッケー。
さて、掃除の続きをしなくては…。私はもう一度箒を手に取り、墓石を払う。
ふと日が高くなっているのに気づく。村の修復で真っ先に直された外壁の新しい所から墓地が照らされている。
まだ雨季は過ぎていないはずなんだが、雨なんて降りそうにもないくらいの青空が広がっている。
今って何時くらいなんだろう。ここが墓地なので見えるところに時計などなく、時間を確かめる術がないため、この疑問を解消する事が出来ない。
時間が分からないのはもうしょうがないので、ちょっと太陽の光が熱くなってきたから、木陰にある墓石からやる事にした。あぁ…涼しい…。
墓石の掃除をしながら、墓地から見える風景も眺める。墓地は居住区の南西部にある少し小高い丘にあり、大熊の直接的な被害は受けなかった。少し瓦礫が飛んできたり、火の粉が飛んできたりしたくらいだ。なのでこうやって箒で掃除くらいの作業で済んでいるわけだ。
景色を見ると、遠くに図書館があるのが見える。被害はかなり甚大だったみたいで、かなりの蔵書が焼けてしまったらしい。何とも悲しい事で、聞いてみたら、私が読んだジュールの前世の話が書いてあった本も燃えてしまってもう無いらしい。
私はそんな事に無常や悲しみを感じてはいるが、案外そうやって日々を見ている人は少ないらしく、大熊襲撃からまだ十日しか経っていないのに、人の生活は段々と普段の生活戻っていく。
そう。最初にも言ったが今日はジュールの誕生日で、洗礼を受ける日だ。
まだ居住区は壊れたままの住宅が多い。何なら大半がそうだ。でも日常は進んでいく。
私も家が完全に燃えて、私物が何も無くなってしまった。でもこうやって掃除をして日々が過ぎていく。
今は海沿いにある父の舟屋で生活させてもらっている。非日常だと思っていたのは最初の日くらいで、今ではもう日常の中のありふれた景色になってしまった。
案外人って理不尽に慣れやすいのかもしれない。
まあ人にもよるとは思うけど、私はそうだった。
木陰の墓石の掃除が終わってしまった。木陰は狭く、すぐに終わってしまうのだ。悲しい。難しい事ばかり考えてやっていると尚更だ。
六月も中旬に入ろうかと言う時期は雨季でもあるが日差しが熱くも感じる時節だ。
よし、せーので日向に出よう。
うおおおお!!
と私が、せーのと言おうと思った時、丘の下の方から声が聞こえた。
その声は、私を呼んでいるようだった。
「おーい…」
ほら、おーいって。……墓地の『おーい』って掛け声めっちゃ怖くない!?
絶対に私を冥界に引きずり込もうとしてんじゃん……。
声がジュールじゃなかったら、私は叫んで大暴れして体の怪我が酷くなるところだった。
「ここで働いてるって、君のお父さんに聞いたんだ」
ジュールはとても整った綺麗な服を着ていた。白く清潔な印象を与えるローブを羽織り、黒くぴっちりとしたズボンを履いている。
「あまり激しく体を動かせないからね、これくらいしか手伝えないから」
少し自虐気味に言うと、ジュールは優しい微笑みで、首を横に振り私の言葉を否定した。
「そんな事は無い。今のアンが村のために何かしたいと思った事をできる範囲で頑張っているんだ。決してそれだけが君に出来る全てじゃない」
なんだか、立派な事を言われた気がする。
急にどうしたんだ。
「そろそろ洗礼に行くんだ。父が連れて行ってくれる暇が出来てな」
その前の発言が気になり過ぎて、それに全く気持ちがいかない。
成人するからって別に性格も変わらなくていいのよ?一度変わってるから、ひやひやするし。
「それで、なんでここに?」
「洗礼の前にアンに会いたかったというのと、母さんに挨拶にな」
なるほど、マジョールさんに…。
「マジョールさんのお墓なら木陰にあるから、さっき丁度掃除終わったところだよ」
私が指で示しながら、教えるとジュールは「タイミングぴったりだったな」と笑いながら言った。
え?本当にどうしたの?なんで爽やかになってるの?
「さっきから何でか触れない様にしてるが、俺はアンの事も気にしてたんだぞ」
私があえて触れていない事に気づいていたなら、そのままスルーしてほしかったな…!
「う、うるさい!私の事なんていいの!ちゃんとマジョールさんにご挨拶しなさいな!」
「はははっ、わかってるさ」
そう言って、彼は木陰に歩いて行きマジョールさんのお墓の前で、膝をついた。
手を合わせて祈りの体勢をとった。
きっとマジョールさんに成人する事を報告しているんだろう。あと少しでジュールの成人に立ち会えたはずなのに、急死してしまったのだからきっと悔しく思ってもいるだろうし、立派な服を着て何だかんだと常識的で誠実に成長した姿を見てマジョールさんが喜んでいるといいな。
二分程祈ったジュールは立ち上がった。マジョールさんへの挨拶は終わった様だ。
「はぁ…色々と話さなきゃいけない事が多かったから、時間がかかってしまった」
少し体を伸ばしながら、歩いてくるジュール。
「いいじゃない、それだけ話す事が多いって事はマジョールさんだって喜んで聞いてくれると思うわよ」
「そうだといいんだが…。そうだ、アンにも言っておかなきゃいけない事だった、少し時間いいか?」
ジュールは、丘の下にあるベンチを指さした。
「別に大丈夫だと思うけど、何の話?」
丘を下りながら、ジュールが答えた。
「これからの話さ」
◇
墓地の丘の下にある石を切り出して作られたベンチにジュールと並んで座った。
話とは何だろう?マジョールさんに祈っている時に報告した内容と同じなのかな、私にも言っておかなきゃっていう言い方的に。
「さて、座りましたけども…これからの話って何?」
「これからはこれからさ、この村の復興が終わってからだから…そうだな、もう少し先の話になるとは思うけれど…俺は村を出て旅に出る。前世では幼い時に家の事情でやめてしまった事、自分の魔法の才を極めに行きたいんだ」
「…え?」
私は驚き過ぎてそれ以上の言葉が出てこなかった。
旅に出る?ジュールが?
「急な話だとは思うけど、父さんにも既に話してあって許可も貰っている。まだ時間はあるし、できる限りこの村でできる事をしてから旅に出るつもりさ」
「そっか…そうなんだ…。はー、まあいいんじゃない?前世の記憶を頼りに旅したりとかも楽しそうだし、今の時代を楽しんだりね」
私がそう言うと、彼は「それもいいな、前世のあの国たちの今を自分の足で見に行くのも楽しそうだ」と言って、笑った。
その笑顔は後ろに見える透き通るような青空も相まって、とても爽やかに見えた。まるで現代風の絵画だ。
「旅が復興が終わってからっていうけれど、復興っていつ頃終わりそうなの?」
「ざっくりだが、一年くらいだそうだ。居住区の修復だけじゃない、住宅が壊れた家族や、遺族に対する補償……さらに商業区も壊れている所があるから、そこを修復しないといけないから、時間がかかるってさ」
補償て…そんな内政的な事も落ち着いてから旅に出るつもりなの?
どんだけ時間かけてから旅立とうとしてんのよ。
「色々と先延ばしの理由はあるが、旅のための路銀を稼がなきゃいけないって言うのが一番の理由だな。一年くらい時間があればまあまあ稼げるだろうし」
「お金かぁ、確かにそれは大切かも…貯金は無いの?」
「ある事にはあるが、安心して旅するには少ない気がするから」
なるほどなぁ、確かに食費だけじゃないもんな、移動費、宿泊費…色々必要だ。
そう考えると一年間の準備期間は必要かもしれない。
「…お、そろそろ父さんと洗礼に行く時間だ」
ジュールは手の平に魔法陣が展開され、何か時計の様な針が付いている。
「なにそれ…」
「ん?これは魔法陣で時計を作って時間を確認する魔法だが?」
なんだ、だが?って腹立つなコイツ。
っていうかそんな魔法あったんかい、私のさっきの時間わかんないなぁ…って考えてたのバカみたいじゃないか。
「旅に出るまでに、私に魔法教えて…」
「え、ああ、別にいいけど…うん」
やったぜ。いい先生を見つけた気がする。
「じゃ、俺は行くよ。アンも無理しないで、仕事するんだぞ」
「分かってるって、心配性だねぇ…」
「当たり前だろう、友達なんだから」
そう言って、ジュールは小走りで西門の方へ向かっていった。
友達か…そうだね。
私もベンチから立ち上がり、残りのお墓を掃除しようと気合を入れて体を伸ばした。
「旅かぁ…私は興味ないけど、やっぱり皆は村の外に行きたがるんだなぁ…」
大熊の様な事があっても、結局私は私なのだ。
この村で生まれて、この村で働き、この村で生きていく。
確かに村の外の世界に興味はあるが、だからと言って働きに行きたいとか出稼ぎに行きたいとかは思わない。村の中で生活が完結しているならそれでいいと思う。
旅だってそうだ。王都とか、別の国とか…本で読む分には興味津々だけど、いざ自分で行くかと問われれば、きっと私はノーと答えるだろう。
そういった根幹の部分は変わらない。
でも、大熊の事があって、魔法の事を学び始めて…思っていたより魔法が難しい事だと知って…。
村は壊されて幾人もの人が亡くなったけれど、村の人たちの時間は止まらず進み続けている。
私も進まなくてはいけない、助けられなかったおばさんたちの分まで。
もしかしたら、いつか外に興味を持って外に出ていきたいと思うかもしれない。そんな時、私はどういう選択をするのだろう。
わからない。わからないこそ、今のうちに沢山の経験と学びを得られるように生きていこう。
私は変わる。もっと自分が誇れる自分になるために。…きっと偉大な人になるであろうジュールの友人として、恥ずかしくない人間になるために。
箒を手にまた掃除を再開する。
積み重なった砂から名前が浮き出てくる。
そういえば、ジュールに時間を聞けばよかった。失敗したなぁ。
◇
ジュールの洗礼の日から一週間後の六月十八日。
私は墓地の掃除をの仕事を完遂した。
当初はただ掃除するだけだったのが、大熊の被害者たちを埋葬する際に穴を掘ったりするのを手伝ってほしいと仕事が追加され、簡易的な葬式の手伝いなども仕事に加わり…当初の倍くらいまで仕事量は増えてしまっていた。
だが、それも昨日まで。流石に多忙過ぎるこの状況を村長さんも哀れに思って下さったのかお給金を貰い、お仕事は終了した。
正直忙しくて大変だったけど、その分もらえるお金も増えるから満足していたんだけれども…まあ、上がそう思ってしまったのかもしれないし、終わった事はもう仕方がない。
だが、今日も私は墓地に来ている。勿論仕事ではない。昨日で終わってるって言ってんだろ。え?誰も言ってない?それはすまない、取り乱してしまった。
で、今日墓地に来た理由は…マジョールさんのお墓参りだ。
何と言うか、先週ジュールが旅に出るという話を聞いてから、なんだか胸の中のザワザワが落ち着かないから、ここは奴のお母さんであるマジョールさんに相談して、スッキリしてしまおうという訳だ。
マジョールさんのお墓は墓地がある丘の中心部に生えている大木の下にあり、基本的にずっと日陰の位置にある。これは、マジョールさんが生前陽の光が苦手だと言っていた事から、お墓の場所もずっと眠る場所なんだからと、村の皆で決めたらしい。
心温まる話だ。ジュールに初めて聞いた時、改めてこの村の事を好きになれた気がした。
さて…マジョールさんのお墓の前で膝をつき、手を合わせて祈りの姿勢をとる。
(マジョールさん、もうお聞きかと思いますがジュールが旅に出ると言いました。私としてはとても心配です。でも心配なだけでは理由が分からないくらい胸の奥がざわつくのです。これが何か…わかりますか…?)
……私はユモン様のように神官ではない。だから死者からの言葉など聞く事はできない。そんな技術がない。
そんな事わかったうえで聞いたのだ。誰かに相談してみれば、少しはスッキリするのかなって思ったのだ。
でも…そんな事は無かった。マジョールさんに言うだけではだめだった。
やっぱり誰かの答えが聞きたかった。
…でもこんな事誰に聞けばいいんだろう…。
木陰に佇みながら考える。何か今の悩みを誰かに聞いたら変な勘違いをされそうでなぁ…。
ぐぬぬ…お母さんとかに聞いてみたいけど、まだ村に帰ってきてないしな…。
できれば男性より女性に聞いて欲しい…あまり私と関わりなくて…でも悩みには親身になって聞いてくれる女性が欲しい……。贅沢過ぎるなこれ。
私はこのまま考えていても何もならないと思い、墓地から立ち去ろうと考え、木陰から出ようとした時、丘に人が登ってくるのが見えた。
丘の影から見えた姿はとても綺麗な人で、透き通るような金の長髪、すらりと長い脚、指先にまで神経を注いでいるのか腕はピンと伸ばされている。
いや冷静に見たら、変なポーズで上ってきてるな。何だあの人。
「あら、ここで人に合うとは思わなかったわ!」
中々のトーンの高い声で話しかけられた。びっくり、墓地でそんなに賑やかにする人いる?
「ど、どうも…」
なんだか不思議な雰囲気に気圧されたのか、いつもみたいな返事が出来なくて、昔のジュールみたいな挨拶をしてしまった。
「ああ、こんにちは!君は…村の娘かな?ここで何をしていたの?」
おぉ…息継ぎをする間もなく、ドンドンと話を進められる…。
私も人の話を聞かずに人に質問する事がないわけじゃないけど、第三者視点から見るとこんな感じなのか…これからは控えようっと…。
「ええっと…何て言いますか…」
ここで急に悩みを言ってもなぁ…この人知らない人だし…。
うん…?知らない人…?それって、さっき私が考えてた相談相手の条件じゃない?
しかも女性…!あとは知らない私の話を親身に聞いてくれるか…。
「その様子だと、何か考え事をしていた様ね!この村の娘なら相談に乗らないわけにはいかないわ!さあ話してみなさい!!」
女性は自分の胸を握りこぶしで勢いよく叩いた。痛そう…。
まだこの村の住民だって言ってないのにもかかわらず、何故か村民である前提で話を聞いてくれそうだ…!これは理想の相談相手なのかもしれない!
「えっと、私この村に住んでるアンって言うんですけど…その、最近雰囲気が変わった幼馴染に近い将来旅に出ると言われて、心配な気持ちとは別に胸の奥がザワザワしているんです。これを解消したいんですけど…どうしたらいいんでしょうか…?」
かなりおっぴろげに言った気がする。
「…なるほど…アン!」
「は、はい!」
この人すぐに大声出すな…。心臓に悪い…。
「それは…恋!ね!告白してケリを付けなさい!以上!!!」
「ちょちょちょ!ちょっと待って下さい!!恋じゃないですって!何でそうなるんですか!」
私の反論に、女性は不思議そうな表情で理由を語り始めた。
「最近雰囲気変わった幼馴染ってワードがまず恋なのよ」
ぼ、暴論過ぎる…でも強く反論できない…。
「そしてそんな人が遠くに行ってしまう…それを聞いた時に感じたのが心配とも一つ、胸の奥のザワザワなんでしょ?ならもう恋よ。絵物語もびっくりのテンプレートな恋だわ!!」
ああ!確かに!今さっきの私の言い方だと、完全に恋を自覚できていない乙女の相談事みたいだ!!!指摘されて初めて気づいたよ!!!
「で、でもですね?恋って言うなら、もっと胸の奥はじんわりと暖かくなるんじゃないですかね?ザワザワはしないんじゃないです…か?」
「知らん!!」
えぇ…。
「だって私は貴方じゃないから、胸の奥の感覚なんて知りようがないわ!」
あ、あぅ…そうだ…それもそうだ…。私以外知りようもないし…わかるはずがない…。
「貴方がザワザワだと例えたなら、きっとそれは遠くへ行く人がその先で運命的な出会いをして恋仲になってしまったら…という旅の行く末とは別の心配事を貴方が無意識に抱えているからよ!」
「旅の行く末とは別の心配事……」
「えぇ!それが恋!!もしそのザワザワを押さえたいのなら、さっさと告白してしまいなさい!!」
ううん、なんだかそう言われているとそんな気もしてきた。
私はジュールに恋していたのか………ジュールに……?恋………?
反芻すればするほど疑問符が浮かぶんだけど…まあ…そうなのかな…??
「いやぁ…相談を解決すると気持ちがいいわねぇ…!!」
腕を組んでうんうんと頷き、何故か一人スッキリしている女性。
…正直この胸のザワザワが恋なのかはわからないけれど、もしそうだとしても彼に伝える事は無いだろう。
きっと彼は今も昔も真面目な人だから、変わる前が好きだったのか、変わった後が好きなのかできっと悩ませてしまう。
彼が何の憂いもなく旅立てるように、私が彼に告白とか、想いを伝えるような事はしないだろう。
はぁ…じゃあこの胸の奥のザワザワとは一生付き合っていく事になるのかな?
「なにやらスッキリした表情をしているわね、アン!流石私!ディッセン家の次期当主なだけあるわ!!あーはっはっはぁ!」
女性はそう言って、高笑いをしながら丘を下っていった。結局何しにここに来たんだろうか。
…まって、ディッセン家次期当主って言ってたよね?それって村長さんの苗字と同じなんだけど…。
まさか……あの人が……でも、あの人自身がそう言ってたしな…きっとそうなんだろう…。
「確かにジュールは好きだったけど…」
恋とまでは思わなかったなぁ…変な勘違いをされたくなくて相談した相手に、恋だって言われて、スッキリした顔になったのなら…やっぱそうだったのかなぁ…。
ジュール…貴方はどうなのかな…私の事、どう思っているのかな。やっぱりまだ前世のフィーネさんの事、引きずっているのかな。
…知りたいな……。
あぁ、知りたい。こう思うって事はやっぱり…恋なのかも。ようやく自分でも感覚が分かってきた気がする。
(アンちゃん…大丈夫……貴方とジューちゃんは……どこにいても思い合っているはずだから……)
ふと背後から懐かしい声が聞こえた。それと同時に一陣の風も吹く。
今のは…マジョールさんの声に似ていた気がする。
後ろを振り向くが誰もいない。場所が墓場なだけに少し怖くも感じるが、なんだか抱きしめられてあやされた様な心地だ。
また同じ方角から風が吹く。あったかい風だ。
雨季はもうじき終わり、夏季に突入する。
私の心も今の空の様に青く澄み渡っている。そんな気持ちだ。このザワザワが恋であろうとなかろうと、私にとっては大切な感情だと思えたのだから。
そう思うと、あの女性は本当に解決してくれたんだな…。
いやでも、大声で相談に乗る必要なくない??