7 キュン死にしそうです
ジェイは一つしかない椅子にミチルを座らせ、お茶を入れながら世間話をするような感じで淡々と話し始めた。
「父が死んだのは私が8つの頃だ。遠征中に運悪く流れ矢に当たったそうだ」
お茶を入れたカップはふちが少し欠けていた。喉が渇いていたミチルは気にせずに口をつける。
「母は世間知らずでな。父が死んで収入はささやかな領地からの税金だけになったのに、生活のレベルが落とせなかった」
おや?
予想していたのと違う展開だぞ?
「生活に困窮した母は先物取引で騙されてしまった。高額の借金ができ、担保にしていた領地は丸ごと取られてしまった」
う……
聞くだけで心が痛い……
「そのショックで母は病を煩い、私が15の頃に死んだ」
そこまで話すと、ジェイは床に胡座をかいて座り、お茶を一口飲んだ。
「それから私は父の元部下という人のつてで騎士見習いになった。一年後には正騎士になれたんだが、同期は皆出世していくのに私だけいつまでもこんな有り様だ」
言葉は愚痴っぽいのに、ジェイの表情は真顔のまま変わらない。溜め息のひとつやふたつは出そうな境遇だろうに、まるで他人の話をしているようだった。
鈍いんだろうか?
だがそんなことはミチルには言えない。想像とは違って不幸な境遇だった。でも12歳に見えるほどの男に同情なんかされたくないだろうな、とミチルは思って黙ってお茶をすすった。
「ジェイさんは、出世したいんですか?」
「もちろん」
朴念仁ぽいのに出世欲はあるんだとミチルは少し意外だった。だが、その理由が少し普通とは違っていた。
「今が……その、貧乏だから?」
「いや、それはそんなに苦ではない。金がないのも気楽でいい。私には会いたい人がいるんだ」
「それって、偉い人とかですか?」
「そうだ。父の元部下の方だ。今は陸軍大将であらせられる。その方の元で働きたいのだ」
「ああ、騎士になれた恩があるからですね?」
ミチルがそう聞くと、ジェイはおもむろに剣を掴んで頷いた。
「この剣は父が使っていた剣なのだが、支給品で、父が死んだ時には軍に返さなくてはならなかった。だが、その方が密かに預かってくれ、私が騎士になるまで誰の手にも渡らないようにしてくださったのだ」
「ええ……優しい……」
話を聞いただけなのに、ミチルはキュンキュンした。
「そして、私が正騎士になった時、手紙とともにこの剣をくださった」
「手紙にはなんて書いてあったんですか?」
ミチルが興味津々で聞くと、ジェイは憧れを語る少年のような輝きを持って答える。
「『再び会える日を待つ』と」
「それだけ?」
「それだけだ」
「か、かっこいいぃ!」
ミチルはキュンキュンが止まらない。
ジェイはきょとんとして聞いた。
「君はそう思うのか?それだけなんて冷たいとは思わないのか?」
「ええ?すごく渋いじゃない!俺の位置まで上がってこいってことでしょ?ジェイさんを鼓舞してるでしょ!」
興奮して言うミチルに、ジェイは少し驚いた後、ふんわりと柔らかく微笑んで剣を見つめた。
「そうか……やはり、そうだな。私もそう思っていたんだ」
──可愛い!!
ジェイの姿にミチルは悶絶した。
何この可愛いの!
キュンキュンする師弟愛?
関係性が萌えるんですけど!
出世したい理由が実にジェイらしく、ミチルは力一杯応援したくなった。