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30話 ドラゴン肉はやっぱり美味い

 メーシャとヒデヨシはアレッサンドリーテのギルドマスターデイビッドから新人研修の説明がてら、シタデルの食堂でご飯を食べることにした。
 メーシャは以前宿屋で食べたものと同じドラゴンステーキ(培養肉)だ。やはり初めて食べた異世界ご飯ということで思い入れがあるのと、今回はかかっているソースが違うということで選ばずにはいられなかった。
 ちなみにドラゴンの培養肉はこの肉は牛や鶏に比べて高価ながら大変人気で、比較的色んな所で食べることができる。

「お〜! チーズソースか〜! いただきま〜す…………あむっ」

 メーシャはテーブルに置かれるや否や、すぐさま大きめに切り分けてひと口。

「ん〜〜〜〜〜〜!!」

 まずはチーズソースの味が舌にダイレクトヒット。白ワインの風味と野菜の旨み、チーズの濃厚なミルクの旨味がハーモニーを奏でる。
 噛むと心地いい弾力が歯に伝わり、それだけで心の内の期待感があふれ出す。そして、噛み切れば肉汁が口いっぱいに広がり、焼き目の香ばしさとチーズソースと混ざり合って相乗効果を生み出す。
 宿屋のものに比べて塩気もスパイスも旨みも強く、それだけならガツンっとしすぎて人を選びかねない。だが、チーズのまろやかさがそんな()()()()()を見事に乗りこなし、鼻を抜ける白ワインの風味が『ひと口』という世界を平定する。
 まるで王道。
 荒くれが何かのキッカケで世に繰り出し、仲間と出会い、誇りを知り、仇敵を討ちはたし、最後には王にまで上り詰める。そんなひとつの英雄譚を聴いたような満足感だ。

「ボクもゲッシが食べられるように改良したドラゴンステーキを選びましたよ」

 ヒデヨシも前回メーシャが美味しそうに食べていたのがうらやましくなり、今回はちょうど自分でも食べられそうなメニューがあったのでこれを選択したのだ。

「いただきます! …………ぉおお!」

 塩気やスパイスは気持ち控えめ。だが、侮ることなかれ。
 ただ量を減らせば確かに食べられよう。しかしそれでは満足感まで減ってしまう。
 ゆえに、限られた材料の中で改良を加えられていたのだ。

「もしかして、この香りって燻製(くんせい)ですか? それに、他にも良い香りが……」

 香草だ。深く香ばしい燻製の風味を、幾重にもなる香草の香りが彩っていた。
 食事とは五感全てを使うものであるが、やはり性質上味覚が1番で他はサポートといった立ち位置に落ち着いてしまう。だが、これは味覚と同じくらい嗅覚も同じくらい満足させてくれるのだ。
 チーズの独特な風味を殺すのではなく洗練させ、肉汁をまるでウイスキーでも飲んでいるかのような豊かさに変えてしまう。
 ヒデヨシの選んだ方のステーキは、メーシャとは違う物語を奏でていた。
 そう、メーシャが王の物語だとするなら、ヒデヨシのステーキは()()()()()
 庶民の出の冴えない少年を導き、みごと偉大なるアーサー王へと変えたマーリンのようなステーキなのだ。

「「美味すぎる!!」」

 ふたりの声が交差してこだまする。
 ドラゴン肉は調理法の数だけ伝説があるのかもしれない。

「…………は、ははは。満足して頂けてなによりだ」

 あまりの感動っぷりにデイビッドは圧倒されてしまう。

「あ、それで説明ってなに?」

 肉によって失っていた冷静さを取り戻したメーシャがデイビッドに本題を訊くことができた。

「……あ、忘れていました。まあ、詳しくは研修中に言いますので軽くですが──」

 デイビッドはある程度かいつまんで説明してくれた。

 まず、研修は2回に分けてするのだが、これは知識や相性、得手不得手が偏り過ぎないようにするための措置なのだとか。今回初日は明日でデイビッド、2日目が明後日でワルターだ。

 そして、研修内容はモンスターの捕獲や討伐のマナーや手順、気をつけるべきことなど。そして、1番大切で忘れてはならないのが『人命最優先』であることであり、討伐やクエストクリアではないこと。
 モンスターを倒すのに気を取られて近隣住民を巻き込んではならないこと。
 クエストクリアを優先して仲間や自分の命を二の次にはしてはならないこと。

 そして、なぜ冒険者がそれらを第一に考えるのか。
 一度のクエストで多くの命を救った代わりに自分の命を落としてしまったら、その冒険者は英雄になり得るだろう。
 だが、生き延びて2回目も3回目も命を救っていけば、英雄にはなれないかもしれないが救える命は命を落とした場合より多くなっていくだろう。
 それになにより、自分自身も冒険者が守るべきかけがえのない命のひとつなのだ。

「──捕獲用魔法機械(マキナ)のレクチャーや準備、シタデルとの連携は後日ですが、今のうちに言っておきたいことはこれくらいですね」

 説明も必要だが、デイビッドはメーシャたちにクエストを受ける時の心構えを教えたかったのだろう。

「ありがとうございます」

「あんがと〜。……あ、そだ。あさって研修してくれるワルターさんってどんな人なの? それと、イヤじゃなければ敬語しなくてもイイよ。先制的な立場の人に敬語使われるのちょっとくすぐったいし」

「……助かる。俺も普段は冒険者とばかり話していて、敬語はあまり得意ではないんだ」

 デイビッドは少し牙を見せて楽しそうに笑った。

「それで、ワルターだったな。あいつは……ひと言で言うなら"努力家"だな。自分に厳しく、他人には優しい仲間思いな人格者だ。見た目がラフなもんだから少し勘違いされやすいフシはあるけどな。だが、あいつの努力は俺が1番知っている」

 デイビッドは優しい目で、そして少し遠いところを見ながら語る。懐かしんでいるのだろうか。

「デイビッドとワルターさんは知り合いなの?」

「ああ、そうだな。10年くらい前、大型クエストで仮拠点にしていた村にあいつが居たんだよ。そこで色々あってな、今は一応……師弟関係みたいなもんだ。自慢の弟子だよ」

 デイビッドははにかみながらそう言った。

「へ〜! シタデル入ってからちょいちょい名前が聞こえてくるからどんな人だろうと思ってたんよ。デイビッドのワルターさんを話す時の顔をたら、もっと会いたくなっちゃったし!」

「ですね! デイビッドさんの戦いとワルターさんの戦いを見比べて、違う所や似てるところとか見たくなってきました」

 メーシャとヒデヨシはワルターに会えるのが楽しみになってしまったようだ。ことっヒデヨシに至っては、なかなか通な楽しみ方をしようとしている。

「……それは恥ずかしいな。今晩は少し念入りに鍛錬するか……」

 苦笑いを浮かべて頭をかいていると、受付のお姉さんがこちらに歩いてきた。予定より少し遅れたようだが、表情から察するに無事結果が出たようだ。

「お待たせいたしました。少し計算が難航する場面がありましたが、結果が出ましたので受付の方へお願いします」

「……じゃあ、俺はここらで退散するかな。メーシャさん、ヒデヨシくん……時間はシタデルから追ってスマホ(パルトネル)から連絡がくるはずだ。また明日」

「うん、また明日〜」

「明日はよろしくお願いします。お疲れ様です」

 デイビッドは軽く手をふって振り向かずにシタデルを後にした。


 ● ● ●


 そして、メーシャとヒデヨシはお姉さんとともに再び受付へやって来た。

「ワクワクしてきた」

「僕は少し緊張してます」

 メーシャもヒデヨシも結果がどうなるかドキドキしていた。が……。

『……だよな、ドキドキするよな。なんか、心臓が口から出てきそうだぜ』

 デウスはそれ以上にガチガチになっていた。

「……なんであんたが1番きんちょうしてんだし。てか、出る心臓は今ないじゃん」

『……それもそうだ。そう考えたらドキドキしたい放題だな。ドキドキし得だぜ。ははっ』

 軽いもんで、こんなやり取りでもうデウスは元気になってしまったようだ。

「では、まず結果から」

 受付のお姉さんがメーシャとヒデヨシに、ダマスカス鋼でできたひし形のタリスマンを渡す。

「"冒険者の資格あり"とみなされました。合格です」

 お姉さんがにこりと笑う。

「やったー!」

「ほっ」

『……っふぁあ! 無意識に息止めてたぜ……』

 メーシャたちは三者三様に喜んだ。

「このタリスマンは冒険者の証で、こちら……冒険者ギルドシタデルアレッサンドリーテ支部が身元を保証するとともに、真ん中のストーンに手をかざすと冒険者さんのクエスト受注履歴やご職業、星の数、組んでいるパーティのメンバーやその現在地がわかる他、救難信号を出すこともできます。……それと、クエスト報酬はタリスマンに直接振り込ませて頂くのですが、そのお金をシタデルや街のATMで現金を引き出すこともできる他、タリスマンを使ったキャッシュレス決済も可能になっております」

「ほえ〜」

「至れり尽くせりですね」

『すごい技術だな…………これの開発者とは朝まで語れそうだぜ』

 そうこうしていると、受付のお姉さんは慣れた手つきでパソコンを操作し、メーシャたちの周りに白い膜……防音結界を展開した。
 読唇術で何を言っているか分からないように透明でなくしているのだろう。ただ、音も異物もヒトも通さない周りから隔絶された空間であるものの、空気や光は結界内にも届いている。

「──では、これよりメーシャさんとヒデヨシさんの審査結果をお伝えいたします」

 

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