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27話 戦いのための休息を

 【キマイラ】 ── 獅子の頭と蛇の尻尾を持つヤギ型のモンスター。
 数百年前アレッサンドリーテで甚大(じんだい)な被害を出し、魔道王と呼ばれた当時の王と選りすぐりの賢者たちの数十人、援護する兵士数百人の命を使って封印するのがやっとだったという。

 約400〜500年ほど前に魔王ゼティフォールが世界を支配、その時代の終わりに魔王を倒した四英雄とその勢力の台頭、それに伴い各国で軍事力と魔法技術の革命が起こった。それまでの魔法の技術とは比べ物にならないほど進歩したと言われている。

 そして、キマイラの時代は魔王の時代からさらに100年以上前だと言われているので、現代の魔法や戦闘技術なら当時ほど苦戦は強いられないだろうと言われているものの、詳しい文献が残されていないためキマイラの情報がほとんど無く、対策が立てられないためアレッサンドリーテ軍もなかなか手が出せないのだ。


 * * * * *


「キマイラは復活してから縄張りを広げ、そのせいで住んでいた周辺モンスターが別の地域に移動したり、上手く食べ物を取れず町を襲ったりと、間接的にも大きな被害を出しているの」

 カーミラが渋い顔をしている。

「早めに対処しないとだね……。キマイラ自体もだけど、町を襲ってる他のモンスターも」

 キマイラのヤバさを聞いてメーシャも考え込んでしまう。

「現在キマイラはどういう状況になってるんですか?」

 手が出せないにしても、さすがに完全に野放しでは無いはずだ。

「一応、今はとある遺跡を中心に広範囲に包囲結界を張って閉じ込めてるの。本気で壊そうと思えば壊せるかもしれないし、キマイラの強さが思ったほどではなくて結界から出られないだけかもしれない。でも、少なくとも結界を張って数日間は結界にヒビも大きな損傷もなくキマイラ自体もおとなしくなってるね。
 だから、今のうちに手の空いた兵士が周辺に散ったモンスターを倒したり、街の警護をしたり、ドラゴン=ラードロ戦で使う予定だった兵器をこちらに融通できないか交渉したりしてるところ」

 キマイラは手札も強さも全くの未知数な相手、今はできることを少しずつやるしかないだろう。

「……ねえ、キマイラの結界の近くに転移魔法陣みたいなの設置できないの? ほら、街の中にある、地区同士を行き来できるようなのあるでしょ? それみたいにいつでも転移できれば、もし結界が破れても被害が出る前に戦えるっしょ?」

「確かに…………。転移装置と併用で結界の状態が遠隔で分かるようにすれば、見張りの数を減らしてその分対モンスターにまわせるかも」

「兵士さんが戦う場合部隊で挑むことになるし、どうしても転移に時間がかかるからこの作戦は無理だと思うんだよね。でも、あーしが挑むなら少数……ってか、最悪あーしさえ転移できれば良いから、兵士さんも機械も減らせるんよね。あと、転移ができるならあーしもギリギリまで修業したり、リラックスしたり遊んだりもできるからありがたいかなって」

 メーシャが戦うからこそ実現する作戦だが、実現すれば誰にとっても得になるものだ。
 この国は確かに危機に陥っているが、休める余裕が一切ないわけでは無いし、作戦の合間合間にしっかりリラックスおかなければ、いざ戦いになった時に潰れてしまう。そう言う意味でもこの案は通しておきたい。

「良い考えだと思う。あと、結界を破壊しなかった場合なんだけど、周辺の安全の確保できていたらメーシャちゃんのタイミングで挑んでも良いからね。携帯転移装置はまた後日渡すからそれ使って」

 カーミラがスマホのような機械を操作して現地の兵士たちに連絡を入れる。

「あんがと。その間にギルド覗いたり、巡回関係なく街を見て回ったりしとくし」

 一段落ついたところでメーシャが立ち上がる。灼熱さんやデウスに今回のことを話しておかなければならない。

「……あ、もし鍛冶屋とかで装備を整えるつもりなら、足装備はあけておいてね。また渡したいものがあるから」

 カーミラは少しイタズラっぽく笑った。詳しく言わないことから考えても、どう言ったものを渡すのかは後からのお楽しみというやつだろう。

「……分かった、楽しみにしとくね。じゃあ、またね。ばいばーい」

「カーミラさん、お茶美味しかったです」

 メーシャとヒデヨシが続けてカーミラに挨拶をする。

「はーい。またいつでも遊びにきてね」

 カーミラが立ち上がり、帰ろうとするふたりを執事のおじいちゃんとともに見送った。


 * * * * *


 メーシャたちは先ほどの話を伝えるため、デスハリネズミやバトルヌートリアが働く農場に来ていた。
 今日は焼畑の予定だったため、めずらしく灼熱さんも活躍していたとか。

「つまり、しばらくはまだラードロに挑めないのか……もどかしいぜぃ」

 話を聞いた灼熱さんが苦虫を噛んだような顔をする。
 いちにちでも早くドラゴン=ラードロに挑みたい灼熱さんにとって、この報告は少し受け入れ難いもののようだ。

『まだ戦い慣れてない状態で強さが未知数の相手に挑むのは得策じゃねえし、妥当なところだな。ラードロの件はまあ……灼熱さんの気持ちはすごく分かる。だが下手に刺激して、生きてるかもしれないお姫さんを危険に晒すのは王様も民も看過看過(かんか)できないだろうよ。……今は少しでも力をつけて、身体を休めて、来たる決戦で最大限のチカラをぶつけられるように準備しとこうぜ』

 灼熱さんの気持ちを1番理解しているのはデウスだろう。だからこそ、準備の大切さも1番分かるのだ。

「デウスの旦那……。そうだな、すまねえ。どうしても焦っちまうようだ」

 灼熱さんが少し落ち着きを取り戻す。

「おう。……そうだメーシャ。準備で思い出したんだが、ひとつ頼まれごとしてもらえるか?』

 深刻そうでもないが、軽い口調でもないので、なにかでうすにも考えがあるのだろう。

「頼まれごと? ムチャなやつじゃ無いならいいよ」

 メーシャはのうかのお婆ちゃんが作った、アルミホイルに包まれたオニギリをほおばる。

『魔石ってあるだろ? それをさ、モンスターを倒した時とか、結晶化したやつを道端で見かけた時とかに拾っておいて欲しいんだ。買ったりまでしなくても良いけど、念の為に多く頼む』

 魔石は魔力が結晶化したもので、鉱石のように岩の中にあったり、モンスターの心臓部になっていたりする。
 日常生活では機械のバッテリーのような役割や、魔法を使う時に魔力を肩代わりしたり強化したりと、魔石は何かと欠かせない存在だ。

「良いけど……何に使うの?」

『……いや。できるかも成功するかも分からねえし、なんなら使う機会がない方が良いんだけどな。今の所言えるのは、やべー時にそのまま終わりじゃなくて、せめて一か八かの賭けに出られるようにするアイテムってことだな』

 デウスの言葉は歯切れが悪かったが、本人もまだ試行錯誤の段階で説明が難しいのだ。

「おけ。魔石ね、見かけたらできるだけ集めとくし」

「僕も、お嬢様から見えにくい位置の魔石を探しておきますよ」

「あっしも御二方同様、魔石を集めておくぜぃ」

『助かる。集めたやつはアイテムボックスに入れてくれ。あと、メーシャは俺様にアイテムボックスに干渉する権限をくれ。所有者をメーシャに変えて完全に譲渡しちまったからな。
 もちろん、触れる制限を設けて"魔石のみ"にしてな。それ以上外のモノに触れすぎると、身体の時間が進んで状態を維持できなくなっちまうからよ』

 デウスは一時的に身体の時間を止めて崩壊してしまうのを防いでいる。なので、最低限魔石を加工するだけにとどめておきたいのだった。

「えっと、魔法陣だして念じたらイケたりすんのかな? ……こうかな」

 メーシャは魔法陣を出し、反対の手をかざしながら権限を渡すように念じる。

『……お、来たきた。ありがとな。まあ……普通に勝てるのが1番だが、邪神相手は何が起こるか分からねえからさ。とはいえ、俺様は今こんなザマだろ? 何か出来ることしたくてな』

 デウスの言葉からは、邪神に負けたくないという気持ちと少し親愛のような感情が感じられた。出会ってまだ短いが、それでもメーシャたちのことを大切に思っているのだろう。

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