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6話 邪神の手下

 禍々しい炎のようにゆらめくオーラを周囲に放ちながら、黒いタコが徐々にメーシャたちのいる浜に近付いていた。
 動きこそ緩慢だが、確実にこちらを捉えている刺すような殺気と、どんどん目の当たりになるその巨体は、呼吸するのも難しい圧迫感を与えてくる。

『邪神の手下だ……。メーシャ、チカラの使い方は理解しているな?』

 メーシャが地上に戻るまでの間にチカラの使い方はもちろんのこと、デウスは邪神が世界征服を企んでいること、自分が邪神に負けたこと、身体を構成する核やチカラの源となる宝珠を奪われたこと、そしてゆくゆくはこの地球も侵略するつもりだということをつたえていた。

「そだ! ちょうど良いしここでちょっと試してみるか」

 メーシャはそう言うと全身に意識を集中し、心臓から全体にエネルギーが広がるように意識する。そして、身体をおおう膜を突き破るようにエネルギーを体外に押し出すと、身体全体から蒸気が噴出するように深緑のオーラが放たれた。

「んで、このオーラを目に集中して……ロックオンでしょ?」

 急ぎつつも工程を丁寧に確認していく。

「え……! もしかして今何かされてる!?」

 違和感に気が付いたおじさんが砂の中で慌てている。

「あっ……やば! おっちゃんまでロックオンしちゃダメじゃん」

 メーシャの視界では、おじさんと周囲の砂を立体ホログラムで覆うように対象選択(当たり判定)が視覚化されていた。

「だいじょぶだいじょぶ! 心配しなくてもうまくやるから」

 メーシャは慌てるでもなくマイペースにおじさんにかかっていた判定を外し、次にオーラで大きな手を作り自分の腕にまとわせて動きをリンクさせる。

「準備完了からの………………()()()()!!!」

 大きく振りかぶってオーラの手をおじさんの方へとぶつけるメーシャ。

「す、すごい!」

 すると、おじさんの周囲の砂がその場から瞬時に()()()()、できあがった大きなくぼみの中心に開放されたおじさんが姿を現した。
 もちろんおじさんは無傷である。

「おお、イイカンジじゃん! ……それに、アイテムボックスだっけ? その中に砂があるのが感覚で分かる」

『だろ! 俺様が数百年かけてアップデートしていったからな。必要なものはアイテムボックス内にあれば頭に浮かぶようになるし、欲しいものがありゃ瞬時に種類と数を選択して出せるように設定しておいたんだよ! ああ、違いを分かってくれるか。くぅ〜、やっぱメーシャで良かったぜ』

 デウスは自身のアイテムボックス(作品)が褒められて唸るように喜んでしまう。めちゃくちゃ自信作のようだ。

『ああ、〜異空間⦅アイテムボックス⦆ができるまで〜 を詳しく語りたい! でも…………メーシャ、()()が到着したようだ』

 タコが上陸していた。
 空気全体が感電しているような緊張感が走る。並の人間なら微動だにできないだろうが、チカラを手に入れたメーシャにとっては程よい刺激でむしろ身体が軽やかになる。

「ちうっち!」

「あ、そうだね。おじさんたちも避難しておこう!」

 ヒデヨシとおじさんがメーシャの邪魔にならないよう急いでこの場から離れていく。
 もしかするとこのふたりも大物なのかもしれない。

「おわっと!」

 刹那。音速を超えたスピードで伸ばされたタコ足がメーシャの頭部を狙う。

『メーシャ大丈夫か!?』

「番長をなめんな!」

 しかし、メーシャは最低限の移動をして髪の毛一本分の距離で回避。そして一瞬の内に片手にオーラの手をまとわせてタコ足が伸び切る前に掴みとる。

「そんな離れたところにいないでさ、もっと近付いて戦おうぜ!!」

 メーシャがタコ足を掴み引っ張りながら飛び上がると、その勢いとパワーでタコのズッシリとした巨体が浮かび上がる。

「うぉおおおりゃあああ!!!」

 タコが空中でもがくのもお構いなしに、メーシャが力いっぱいに放り投げる。

 ──ドゴ!!!!

 タコ足が途中でもげる程の威力の投擲は、タコがなす術なく防波堤に激突するのをゆるし、ぶち当たった防波堤もその衝撃で轟音と共に砕け散らせてしまった。

「──そういえば、あんたら世界征服をするつもりなんだって?」

メーシャはふわりと地上に降りネクタイを外す。
 握られたネクタイは緑色の粒子となり姿を消した。アイテムボックスへと送られたようだ。

「──でも残念。邪神だかなんだか知らないけど…………番長(あーし)がこの戦うチカラを手に入れた今、その野望は永遠に叶うことはなくなったよ!!」

 メーシャは世界の危機をデウスから聞いた時は、家族や友達に色んな知らない人が危険にさらされるなんて放って置けないと言う気持ちと、異世界に()()()()()()のと半々くらいだった。
 だが、反撃を喰らい臨戦体制に入った邪神の手先が放つ邪気を見れば話も変わってくる。木々は生気を失っていき、砂も地面も近くの少し離れた海すらも毒々しく黒ずんでいくのだ。
 これを放っておけば地球は滅びる。人はもちろん他の生き物も生きていけない。
 物質が、細胞が、恐怖でその場に留まることが耐えられない。禍々しく害のある存在。
 それが、世界征服をたくらんでいる。それが、メーシャがこれから相手にする相手。

「ふんっ。そんな睨みつけてきても、あっさりタコ足一本無くしちゃったヤツまったく怖くないもんね〜」

 軽い口調なメーシャだが、決して油断しているわけではない。注意を自分に向けて周囲への被害を最小限にするための作戦だ。

 ──ギロッ。

 作戦はひとまず成功。タコはメーシャを完全に標的とみなしたようだ。
 邪神の手下のタコは先ほどメーシャに投げられた時、タコ足が一本ちぎれて無くなっていた。
 しかし、周囲にちぎれてしまった足の先は見当たらない。しかもなくなった原因である相手が挑発してくるのだ。プライドの高いタコは、もう正面から全力で叩き潰さねば気が済まない。

「──まあ、そのタコ足って実はあーしが持ってんだけどね!」

 メーシャが手のひらを広げると淡く光を放つ()()が浮かび上がる。
 その円陣は星、翼、王冠、そして尾を()む龍の形を浮かび上がらせて()()()()()()()()()へとなった。

 次にメーシャが魔法陣に手をかざすと、中からちぎれて無くなったはずのタコ足が、メーシャのものへと変わってしまったタコ足が、元々の主であるはずのタコを裏切ったタコ足が姿を見せる。

 激怒。

 タコの額にある赤い宝石がドス黒い赤の邪気を吐き出し、同時にタコ自体の体にも同じ色の幾何学模様が浮かび上がる。
 冷静さを失っていた。いや、手放したのだ。
 タコは邪神やサブラーキャの(めい)でウロボロスを滅さなければならないが、もう後のことを考える気にはなれなかった。ここまで己を侮辱するものを放っておけるはずがない。全力をだして力が尽きようとも目の前の相手を消し去らなければならない。
 今この戦いに全てをかけるつもりだ。

 周囲に放たれた邪気は木々や防波堤、電柱に柵、全てを飲み込んで塵へと変えてしまう。

「──くっ! 気迫みたいなのだけで威力高すぎでしょ!!」

 メーシャはオーラで自分をおおって結界を作るが、あまりの威力にすぐにひび割れてしまった。完全に割れてしまうのも時間の問題だ。

「まあ……負けないけどね!!」

 メーシャは邪気の波が来る一瞬の隙に移動、波動の隙間を縫いながら距離を詰めた。
 そして、自分のタコ足にオーラを集中させて、タコの頭に思い切り打ちつける。

 ──キィイイイイイイン。

 タコが咄嗟に出した邪気の盾が攻撃を寸前のところで防いでしまう。
 タコも負けじと攻撃に移るべく、頭の横の隙間から銃身のような漏斗を出し、邪気を瞬時に充填してメーシャに狙いをつけた。

「──ガードだ!」

 撃たれる直前にメーシャはふたたび結界を張って身を守る。

 ──ギュイイイイインン!!!!

 銃身から赤黒いレーザービームが射出され、メーシャの結界をあっという間に粉砕。だが、タコの攻撃はここで終わらず、次に同じ銃身からタコ炭と邪気でつくられた高濃度の砲弾をマシンガンのごとく連射。

「ちょっ、これって煙幕か!?」

 タコ足で攻撃は防げたものの、着弾した砲弾は黒い霧のように視界を奪ってしまう。

「見えなくしてガードできてない時に攻撃する気か! って、ボロボロじゃん」

 メーシャは風で吹き飛ばすべくタコ足を振ろうとするも、砲弾を受けたせいか粉々に崩れてしまう。

「しゃーない。……じゃあ全部奪ったげるし!!」

 魔法陣を前方に展開。視界を奪っていたタコ炭の霧が、メーシャの出した魔法陣にどんどん吸い込まれていく。

「っし!」

 全ての霧を吸い取って視界が完全に開ける。が、その一瞬の隙をタコは見逃さなかった。
 銃身に今までにない量の邪気を充填して、メーシャに目掛けてロケット弾型の邪気を撃ち込んでしまう。

 ────爆発。赤い衝撃波が刃のように空気を薙いで広がっていく。焼けこげた塵がパラパラと降り落ちていく。
 手応えはあった。当たったのも確認した。もちろん結界が出ていないのもだ。
 ……確信。タコは勝利を確信しウロボロス討伐(本来の責務)に戻るべく、周囲に電波を放ってウロボロスの反応を探す。

『メーシャ……? メーシャ!? 嘘だろ…………チカラが足りなかったのか?』

 デウスもメーシャの反応を失い絶望してしまう。大丈夫だと確信したはずなのに、それはただの慢心だったのか? そう思うとデウスは気力を失い、もう何も考えられなく………………なろうとしたその時!

「────!!!??」

 ()()()()を感知しタコは慌てて振り返る。あり得ない。敵の反応は消えたはずだ。確実に仕留めたはずだ。確信していたのだ。しかし──。

「──隙あり」

 声と同時に足が半分消え去る。だが姿は捉えた。そして、なぜその反応が消えたのかも理解した。

「あんたの攻撃はもう読めた。ここから全て、あーしのターンだからね……!」

 緑色のオーラが黄金へと変わり、太陽のごとく神々しく空中で輝くメーシャの姿がそこにあった。
 そう、メーシャ自身が消えたのではなく、オーラが進化して別次元の反応へと変わったのである。

しおり