第11話 御堂鈴心、十三歳
「私が転生した家は、
再び語り始めた
「あのね、すずちゃんのお母様身体が弱くて、夫婦で転地療養に行ってるの。そしたらお祖父様がすずちゃんはうちで預かることにしたからって──」
「星弥、黙って」
「ごめんなさい!」
冷たい目で鈴心が睨むと、星弥は弾かれたように謝った後、自分の口を両手で覆う。
「これは単なる事実に過ぎませんが、私はいつもより二年遅れて産まれました。それから記憶が覚醒したのはよく覚えていないのですが、とても幼い頃だったように思います」
「おれとライのことも小さい頃から思い出してたのか?」
鈴心に対する
「そうですね。わかってました。けれど私は行動しませんでした」
「何故!? いつもなら思い出したら真っ先に駆けつけてくれてたろう?」
永は身を乗り出して鈴心に詰め寄る。すると星弥が鈴心を守ろうと半ば抱きつくように手を伸ばす。それをめんどくさそうに払って鈴心は続けた。
「幼かったので、物理的に無理があったのと──今回の転生では自省する時間が多くあったためです」
「……何を考えていたんだ?」
永が聞くと、鈴心は少し躊躇った後きっぱりと言い放った。
「結論から言えば、私はもう嫌になりました。何度も何度も同じ事の繰り返し。希望の光さえ見えない、こんな運命に」
「リン、お前を巻き込んだことは本当にすまないと思ってる。だけど、そのことは乗り越えたはずだろう?」
永は驚く様子も見せず、むしろ当然のように受け止めて確かめるように言う。もしかしたら過去にも同じやり取りを何度もしたのかもしれないと蕾生は思った。
「そう、ですね。そうだと思ってました。でもやっぱり思ってしまったんです。貴方達に会わなければ、もっと長く生きられるかもしれないって」
「──!!」
それは、言ってはいけない言葉だ。
蕾生は頭に血が昇っていくのを感じつつもぐっと堪えた。言われた永がとても衝撃を受けていたからだ。
「……お前だけ二年遅れて生まれた理由について考えたことは?」
声を震わせながら、永は話題を変えた。
「わかりません。何度も転生を繰り返しているうちに歪みが生じたのかも」
「
「偶然でしょう。偶々、縁があっただけです」
淡々と話す鈴心に、永は苛立ちながら語気を強めていく。
「お前はこれが偶然だって言うのか? 今までのおれ達の運命に偶然なんて一度だってあったか?」
「私は偶然だと思っています」
「『
永は鈴心との距離を遮っているテーブルを叩いて叫んだが、鈴心は冷静な態度を崩さずに首を振った。
「──もう、考えたくないんです」
その拒絶の言葉は、先日会った時よりも感情が込められていて、説得力があった。
「リン、お前が何か大変なことを背負ってるのはおれだって気づいてる! お前に聞きたくても聞けなかったことだってある! 言ってくれよ、考えるから! おれがお前も助けるから!」
悲しい叫びだった。
助ける、と言っているのに「助けて」と手を伸ばしているのは永の方だ。この表情を一度だけ蕾生も見たことがある。
「僕には君が必要なんだ」と笑って差し伸べた手は、本当は手をとってくれるのを待っている。
鈴心にも永の心中は伝わっているはずなのに、微かに微笑んだ後もう一度首を振った。
「ハル様、私にはもう何もないんです」
「リン、どうしてだよ。側に──いてくれよ」
懇願する永の言葉も、隠さずに見せた本音も、断ち切るように鈴心は立ち上がった。顔を伏せたままなのでその表情は見えない。
「話は終わりです。もう
永に小さな背を向け淡々と言い捨てて、鈴心は部屋を出ようとする。
「待てよ、鈴心」
「……」
蕾生の呼びかけに、鈴心は一瞬立ち止まった。
「いちいち記憶がリセットされる俺よりも、お前の方が永と濃い時間を過ごしてきたんだろ。なんでそんな簡単に切り捨てられるんだ?」
「……」
永の好意も誠意も踏み躙った鈴心には、ぶん殴ってでも謝らせたい程に蕾生は怒っていた。けれどそれは永が望まないだろうから、努めて冷静に言い聞かせるつもりで言う。
「お前には今の永の言葉が──気持ちが、届かなかったのか? 永はお前が必要だって言ってるんだぞ!」
すると鈴心はふと笑って視線だけ振り返った。
「ライ……相変わらずハル様第一ですね」
「相変わらずかどうかは覚えてねえ」
「あなたはそれでいい。ハル様を頼みます」
そう言うと、今度こそ鈴心は踵を返して部屋を出ていった。
「鈴心!!」
静かに扉が閉まる。蕾生の叫びは空を切って散っていった。