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第5話 ニガテなあの娘

「な? ダメだったろ」
 
 (はるか)と合流した蕾生(らいお)はすっかり不貞腐れていた。
 
「うーん、怖そうに見える男子が実は草花好きで意外と可愛いところがあるのね作戦だったんだけどなー」
 
 永はがっかりと肩を落として見せる。そのわざとらしい仕草から、もしかして遊ばれたかもとも思って蕾生はますます不機嫌になる。
 
「周りくどすぎるだろ! お前が得意のおしゃべりでいけ」
 
「どうかなー、自信ないなー」
 
 蕾生が詰め寄っても永はのらりくらりとしてあまり積極的ではない。
 
「なんでだよ、しゃべりで女子と距離つめるの得意だろ?」
 
「うーん、そこらの女の子なら楽勝なんだけど、彼女の雰囲気が苦手っていうか……」
 
「好感度のかたまりみたいなヤツなんだろ?」
 
「いやー、なんか苦手な気がするんだよね。話したこともないんだけど」
 
 全く煮え切らない態度の永は初めて見た気がする。いつもの大胆で口八丁に相手を丸め込む手口を出そうとしないことが蕾生は不思議で仕方ない。
 
「じゃあ、どうすんだよ。さっきので俺の印象最悪になってんぞ。どうやって挽回すんだよ」
 
「やっぱり、ねえちゃん俺と付き合えよ、キャー助けてそこの怖そうな男子作戦かなあ」
 
 さらに穴が空いた作戦を口にする永に蕾生は呆れた。
 
「絶対、やだ」
 
「えー」
 
「真面目にやれよ。もう直接話しかければいいだろ」
 
「ライくんが?」
 
 期待を込めた視線を向けた永を蕾生はばっさりと切り捨てた。
 
「俺が女子と話せると思うか? お前が銀騎(しらき)博士のファンなんですーって軽めにいけばいい」
 
「えー、ライくんに指示された。いつもと逆だあ」
 
「逆じゃない、口での攻撃はお前の領分!」
 
 蕾生の言葉が最後通告になった。永は観念したように頷く。
 
「……そうだったね。僕が頭でライくんは腕」
 
「ん」
 
 やっと腹をくくったらしい永に、蕾生も満足そうに頷いた。



 
  
「じゃあ、とりあえず下校するのを待ち伏せ──」
 
「あのー」
 
 永が時刻を確認しながらこの後のプランを立てようとしたその時、蕾生の後ろからひょっこり顔を出す人物がいた。銀騎(しらき)星弥(せいや)だった。
 
「ヒエッ!」
 
 突然の本人登場に、さすがの永も素っ頓狂な声が出た。
 蕾生も反射的に後ろを振り返る。完全に不意をつかれて蕾生の方は声も出なかった。
 
「ああ、よかった、追いついて。えっと、三組だよね?」
 
 銀騎星弥は蕾生の方を見て、屈託なく尋ねる。
 
「あ、ああ……」
 
 まさか向こうの方から話しかけてくるとは夢にも思わないので、蕾生は頷くことしかできなかった。
 
「三組の学級委員の人に伝えて欲しいんだけど、生徒会が配った一年生のアンケートがまだ出てなくて──」
 
「あ、学級委員ならこいつ」
 
 奇跡的に永にバトンタッチできるキーワードが彼女から紡がれたので、蕾生は反射的に話題を振った。
 
「ああ! そう、ハイ、僕です」
 
 永もまだ面食らった表情のまま慌てて手を上げる。
 
「そうなの? わあ、ちょうどよかった。クラスで集めて明後日くらいまでに生徒会に出してくれる?」
 
 銀騎星弥は両手をパンと叩いて晴れやかな笑顔を見せる。
 
「ああ、遅れてゴメンナサイ。でもなんで銀騎さんが?」
 
「あ、わたし、役員じゃないんだけど、たまにお手伝いしてるの。一年生の連絡係みたいな」
 
「へえー、そうなんだー!」
 
 予定にない出来事が起きたせいで永も舞い上がってしまったのだろう、人をくったような皮肉はおろか女子限定の褒め言葉すらも出てこない。
 この調子では今日のうちにお友達になるなんて無理だな、と蕾生は思った。
 
「じゃ、じゃあ、集めたら銀騎さんに渡せばいいかな?」
 
 それでもなんとか明日に繋げようと永はどもりながら尋ねる。
 
「え? あ、うん、それでもいいよ。えっと……」
 
「あ、僕、周防(すおう)(はるか)。こっちのでっかいのは(ただ)蕾生(らいお)っていうの」
 
 自己紹介にこぎつけたところで、永にやっと余裕が出てきたのがわかった。それで蕾生も少し冷静になり、軽く頭を下げた。
 
「周防くんと、唯くん……だね。それじゃよろしくね。呼び止めてごめんね」
 
「いいええ、どうもお疲れさんです」
 
 永が愛想よく手を振ると銀騎星弥も軽く手を振って足早に花壇へと戻っていった。
 その姿を見送って、蕾生はやはり彼女の何が永を混乱させるのか実際に会話してみてもよくわからなかった。



 
  
「はあー! やっぱだめだ、あの子、僕苦手」
 
 永はどっと疲れたような顔で、肩で息を吐く。
 
「永、どうした? いつもの余裕が全然なかったな」
 
「……なんだろうね、銀騎の関係者だって思うから変に緊張するのかな」
 
「そうなんじゃねえの? とにかくもう一度話しかける機会ができたな」
 
「そうだね、ラッキー。じゃあ、帰りながら明日の対策をたてようか」
 
 永は蕾生との会話で元の落ち着きを取り戻していた。
 
「なるべく自然なやつな」
 
「わかってるって!」
 
 もうすぐ陽が落ちる。明日こそはこっちが主導権をとってやるんだと永は意気込んでいた。

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