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なんでも屋小野寺桜澄

 とある墓には、お茶やおはぎなどではなく、ネジやボルトが供えられました。

その墓に眠っている老人は生前、自分のことをロボットだと言ってました。

そしてそれは確かに真実だったのです。

老人は日頃から周りの人に
「自分が死んだら、墓にはネジとかボルトなんかを供えてくれ」
とお願いしていました。

したがって、老人の墓にそれらを供えるのは当然であり、決して不思議なことなどではなかったのです。


 桜澄さんとその助手である私はなんでも屋です。
なんでも屋というのは、文字通りなんでも屋です。

桜澄さんのフルネームは小野寺(おのでら)桜澄(さくと)で、私の名前が市川(いちかわ)結輝(ゆずき)です。

桜澄さんは私のことをゆずと呼びます。
私は桜澄さんのことを桜澄さんと呼んでいます。

これは私たちがなんでも屋を始めて、最初に来た依頼についての話です。


 なんでも屋を始めたばかりの頃、開業したはいいものの全然依頼が来なくて私と桜澄さんは事務所で暇をしていました。

桜澄さんは窓際に立って、いつものように仏頂面で窓の外を眺めていました。

私は今日こそは依頼が来るのではないかと内心期待しながら観葉植物に霧吹きで水をあげていました。

桜澄さんは無口な人です。
私も無口なので、二人だけしかいない事務所には静かな時間が流れていました。

そんな私たちの元に初めての依頼人が訪ねてきました。
コンコンコンとノックの音が聞こえてきたのです。

「どうぞ」
桜澄さんが扉の方を見て返事をしました。

すると、遠慮しているようにゆっくりと入り口の扉が開けられました。

「こんにちわ」
依頼人はキョロキョロと事務所を観察するようにしながら入ってきました。
初めての依頼人はスーツを着た男性でした。

「こんにちわ。……どうぞこちらにお掛けください」

桜澄さんは表情を変えることもなく挨拶をして、依頼人にソファを勧めました。

依頼人は桜澄さんと私の姿を確認すると一瞬ポカンとしました。

多分それは私たちが和服姿だったからでしょう。

私たちは普段から和服を着ています。
元々は桜澄さんの師匠にあたる人物が和服好きで普段から着ていたそうです。

それを桜澄さんが真似て、桜澄さんを私が真似たという流れです。

依頼人は私たちの服装について言及してくることはなく、ソファの前まで移動すると緊張した様子でゆっくりと腰を下ろしました。
桜澄さんも対面のソファに座りました。

私は霧吹きを棚に戻して、お茶を入れました。
そして湯呑みをテーブルに並べると、メモ帳を取り出してから桜澄さんの隣に座りました。

桜澄さんが依頼人に向かって自己紹介しました。
「なんでも屋の小野寺桜澄です。隣にいるのは助手の市川結輝です」
桜澄さんと私は依頼人に軽く会釈しました。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」
私が訊くと依頼人は
福永(ふくなが)翔太(しょうた)です」
と名乗りました。
私はメモ帳に福永翔太とメモしました。

「福永さんですね。本日はどのようなご用件でいらっしゃったんですか?」
桜澄さんに訊かれた福永さんは一度咳払いして
「はい。えーっとですね。どこから話せばいいのか分からないんですが」
と前置きしてから話し始めました。

「私には父がいるんですけど、その父が先日余命宣告されまして。もう歳ですし、父も受け入れているので私も覚悟を決めたんですが、一つ問題というか、父がいなくなってしまう前に知りたいことがあるんです」
「知りたいことですか」

桜澄さんが繰り返すと福永さんは頷いて、一度口を閉じると、言葉を選ぶようにゆっくりと話を再開しました。

「父は自分のことをロボットだと思っているんです」

私は意味が分からずに一瞬ポカンとしました。
桜澄さんは動じず、続きを促すように福永さんをじっと見ていました。

福永さんは説明を続けました。
「それも今に始まったことじゃないんです。もしかしたらお二人は今、父がボケたのだと考えられたかもしれませんが、違うんです。ずっと昔からなんです。母の話では、母と初めて話した時から父は自分のことをロボットだと言っていたそうです。もちろんそれは父が昔からボケているということでもありません。父は自分のことをロボットだと言うこと以外は至って正常です。しかし、自分が死んだら墓にはネジとかボルトなんかを供えてくれと言ってくるくらい自分がロボットであることを信じて疑っていないんです」
「なるほど。……それではご依頼の内容は」

桜澄さんの言葉を引き継ぐように福永さんは言いました。

「はい。父がなぜ自分のことをロボットだと言うのか、お二人に調べていただきたいんです。父はいくら理由を訊いても話そうとしません。しかし、父がこのままいなくなってしまえば真相はずっと分からないままです。父の望むことではないのかもしれませんが、私は知りたいんです。どうして父はあんなくだらない嘘をつき続けているのか」

「嘘、ですか」
桜澄さんは噛み締めるように言いました。

福永さんは少し声のトーンを落として続けました。
「昔、父に今みたいなことを直接言ったんです。どうしてそんな嘘をつくんだ、と問い詰めるように。その時、父は困ったように笑うだけで、私の質問には答えてはくれませんでした。私はその時の父の表情がなんだか気になってしまって、それ以降このことに言及しないようにしました。私は嘘つきが嫌いなんです。でも、あの時の父の表情は嘘をついている人間のものには思えなかったんです」

「嘘、か」
桜澄さんはまた嘘という単語を小さく呟きました。

福永さんが桜澄さんを真っ直ぐ見据えて言いました。
「私は嘘つきは嫌いですが、父のことを嫌いだと思いながら看取るのは嫌なんです。だからせめて父の嘘にどんな意味があるのかを知りたいんです。どんなことであれ、嘘をつく理由があるのなら父をただの嘘つきとして嫌うこともないと思います。だからお願いです。父が自分のことをロボットだと言っている理由について調べてもらえませんか?」

桜澄さんは少し考えてから、私を横目でちらりと見ました。
私は頷いてみせました。

それを確認すると桜澄さんは福永さんに向かって
「承りました」
と言いました。

「本当ですか!? ありがとうございます!」
福永さんは嬉しそうに私たちに頭を下げました。

「福永さんのお父様と実際にお会いしてお話を聞くことは可能でしょうか?」
私の質問に福永さんは
「もちろんです。余命宣告されたと言っても今すぐにどうにかなってしまうという状態ではないので」
と答えました。

桜澄さんが
「そうですか。それでは明日にでもお話を伺いに向かおうと思いますが、それでよろしいでしょうか?」
と訊くと福永さんは
「はい。父が入院している病院は……」
病院の住所を言って、軽く道の説明をしてくれました。
私は福永さんの説明をメモしました。

私が書き終えたことを確認すると桜澄さんは福永さんに明日の十三時頃に病院に行くように言いました。

そしてその他諸々の確認を済ませると、桜澄さんは福永さんを帰しました。

「なんだか不思議な依頼ですね。ちゃんと解決できるでしょうか」
桜澄さんは湯呑みを片付けながら
「どうだろうな」
と短く言いました。

「私には自分のことをロボットと言う理由なんて皆目見当もつきませんけど、桜澄さんはどうですか?」

「実際会って話してみるまではっきりとしたことは言えないが、理由は限られてくるだろうな」
「そうですか」

これまで桜澄さんと長い時間を共に過ごしてきた経験から、私は多分大丈夫だろうなと思いました。


 次の日。
約束した通りの時間に福永さんと合流して病室に向かいました。

病室に向かう途中、福永さんは私たちの服装について言及してきました。

「あの、普段から和服で出歩いているんですか? それとも仕事着というかそんな感じですか?」

「普段から着ていますし、仕事着でもあります」
桜澄さんはそっけなく答えました。

「そ、そうですか」
福永さんはその後も横目でちらちら桜澄さんの服を見ていました。

病室に着いて、とうとう例のロボットおじいさんと対面することになりました。

おじいさんはベッドに横になっていました。
一目見て私は穏やかそうな人だなと思いました。

おじいさんは私たちが来たことに気がつくと、体を起こして微笑みました。

桜澄さんはおじいさんのことをじっと見つめてから言いました。

「突然押しかけてすみません。本日はお伺いしたいことがあって参りました」

おじいさんはゆっくり大きく頷きました。
「はい、そこにいる息子から聞いております。なんでも、雑誌の取材だとか? 私の話なんかで良ければ喜んでお話させていただきますよ。どうぞこちらにお座りください」
おじいさんは私たちに椅子を勧めてくれました。

桜澄さんは昨日、福永さんに
「お父様には雑誌の取材であると説明しておいてください」
と指示していました。

私はメモ帳を取り出しました。
桜澄さんがおじいさんに質問します。

「ご協力ありがとうございます。ではまず、お名前は?」
「福永(あきら)です。あ、ちなみに」
明さんは子供が親にいたずらを自慢するように
「私はロボットです」
と言いました。

「ロボット、ですか。詳しくお聞きしてもいいですか?」
桜澄さんがそう言うと、明さんは嬉しそうに顔をほころばせて話し始めました。

「私はロボットなんです。ロボットというものには感情がありません。私は人の姿によく似ていますが、ロボットですので、やはり感情はありません。つまり、私は怒ることも悲しむこともないのです」
「そうですか」

桜澄さんはじっと明さんの目を見つめました。
明さんは穏やかに微笑みを浮かべています。

「記者さん」
明さんが桜澄さんを呼びました。
明さんからすれば桜澄さんは記者なのです。

「将棋は分かりますか?」
「はい」
桜澄さんは頷きます。

「では、もし良かったら指しながら話しませんか。ここに盤と駒があります」
明さんは携帯用のマグネット式の将棋盤を取り出しました。

「いいですよ」

桜澄さんは駒を並べながら訊きました。
「将棋がお好きなんですか?」
「はい。昔、親友に教わりまして」
「そうですか。今もその方と将棋を指されるんですか?」
明さんは桜澄さんの質問に対して首を横に振った。

「私に将棋を教えてくれたあいつは、戦争で死んでしまいました」
「そうだったんですか。すみません」
桜澄さんは頭を下げて謝りました。

「いえ」
そのタイミングで明さんが駒を並べ終えました。
明さんが振り駒をした結果、先手は明さんになりました。

私と福永さんは二人が将棋を指すのを黙って見ていました。
桜澄さんが訊きました。
「ロボットであることで困ることはありませんか?」

「うーむ。ありませんね。私にとっては自分がロボットであることが正しいことなんです。もし困ることがあったとしても、私はロボットであらねばならないのです。人間であるわけにはいかないのです」
「なぜですか?」
明さんはその質問には答えずに微笑むだけでした。

質問に答える代わりに明さんはこんな話をしました。
「私は戦争を経験しました。兵士として戦地へと送られたのです。さっき言った私に将棋を教えてくれた親友は戦友でした。彼は私の目の前で敵兵に撃たれて死にました。それから私はきっと……仇を討つためにきっと」
明さんはそこから先を話しませんでした。

それからはこの場にいる全員が何も話しませんでした。
病室には二人が駒を動かす音だけが響いていました。

しばらくして明さんが言いました。
「おや、これは……参りました」
「ありがとうございました」
桜澄さんは軽く頭を下げました。

「お強いんですね」
明さんが桜澄さんに微笑みかけます。

「いえ」
桜澄さんは目を逸らしながら短く答えました。

「今日は貴重なお話をありがとうございました」
桜澄さんが立ち上がって一礼しました。

「こちらこそ、将棋の相手をしていただいてありがとうございました。とても楽しかったです」

「……最後に一つだけ質問させてもらえませんか?」
「なんでしょう?」

「明さんがロボットになったのはいつのことですか?」

桜澄さんの質問に明さんは一瞬目を見開きましたが、何も答えることはなく微笑むだけでした。


 病室を後にして病院を出たところで、桜澄さんが福永さんに
「どうでしょうか。ここから近いですし、うちの事務所でお話しませんか?」
と提案しました。

福永さんは驚いているようでした。
「父の話から何か分かったんですか?」
「はい」
桜澄さんは頷きました。


 事務所に移動した後、昨日と同じように私はお茶を入れました。

福永さんは緊張した様子で、縮こまるように座っています。
桜澄さんはお茶を一口飲んでから話し始めました。

「事実としては、もちろん明さんはロボットではありません。しかし、明さんにはロボットでなければならない理由があるんです」
「父もそんなことを言っていましたね。人間であるわけにはいかないとも言っていましたっけ」
桜澄さんは頷きました。

「私が最後にした質問を覚えていますか?」
「はい。父がロボットになったのはいつのことかという質問でしたね。つまりは、父が自分のことをロボットだと言い始めたのはいつからなのかという質問ですよね」

「明さんは答えませんでしたが、私にはその答えが分かっています。明さんがロボットになったのは、親友の仇討ちとして敵兵を殺した瞬間です」

「え?」
福永さんが桜澄さんの顔を見つめました。

桜澄さんは構わず続けます。
「先ほどの様子からして明さんはその瞬間のことをよく覚えていないのでしょう。それでも自分のしたことはなんとなく分かっているんだと思います。明さんはとても優しい人で、自分が人を殺したという事実を受け入れることができなかった。そこで、明さんは自分のことをロボットだと、感情のないロボットなのだと思い込むことによって心を守ったんです」

「……」
福永さんは桜澄さんの話を黙って聞いていました。

桜澄さんが福永さんに訊きました。
「事実と真実の違いを知っていますか?」
「え、いや。分かりません」

「事実は客観的で、真実は主観的なものです。……事実として、明さんは人間です。決してロボットなんかじゃない。ですが、明さんがロボットであるということは、明さんにとって間違いなく真実ですよ」

それを聞いて福永さんは優しく微笑んで
「そう、ですね。父の言っていたことは本当だったんだなぁ……。嘘なんかじゃなかったんだ」
と呟きました。

こうして私たちは初仕事を無事に終えることができたのでした。

私は何もしてませんけど。
昔からそうなんです。
桜澄さんは何でも一人でこなしてしまう人なので、一緒にいると自分の存在意義が揺らぎそうになってしまうほどです。

私は
「これからも桜澄さんが全部一人で解決してしまったら、私のやることって何もないな」
と、そんなことを考えるのでした。


 数か月後、私たちの元に福永さんから連絡がありました。
明さんが旅立ったそうです。

私たちはその時、他の依頼で出張していたのでお通夜には出席できませんでしたが、後日お墓参りをさせていただくことになりました。

そしてそれからしばらく経ったある日。
桜澄さんはネジを、私はボルトを持って明さんのお墓参りに行ったのです。

しおり