第三百二十三話
ドリュアスが、部屋に入ってきて、クリスティーネに来訪者を告げる。
名前を聞いて、少しだけ驚いた表情を見せたクリスティーネは、シロに来訪者を告げる。
「シロ様。竜族の長が、参られています」
クリスティーネはシロだけではなく、お茶会に参加していた者たちにも来訪者が誰なのか分かるように、名前ではなく肩書?を告げた。
「ドゥラン殿が?」
「はい。どうしますか?」
「カトリナとナーシャには悪いけど、お茶会は”ここまで”としましょう」
シロが言い出さなくても、龍族の長が来ているのだ、お茶会の続行は不可能だ。
カトリナとナーシャも文句は言わない。ナーシャは、文句は言わないが、お茶会で出されていたお菓子をしっかりと包んで持って帰ろうとしていた。
「レイニー。出す予定だったお菓子も一緒にナーシャさんに渡して」
なぜかカタリナが恥ずかしそうにしているが、お菓子を渡されたナーシャは嬉しそうにしている。ナーシャは、カタリナを誘って別の場所でのお茶会を続行することにしたようだ。
部屋には、シロとレイニーとクリスティーネが残った状態になっている。
「ドゥラン殿の目的が不明だけど・・・」
シロは、目的は不明だと言っているが、自分の妊娠に関係する事柄だと考えている。
この短時間で、どうやって連絡をしたのかわからないが、龍族の長として訪問だ。ツクモが不在の時には、シロが対応しなければならない。
「シロ様。ルートガーを呼びますか?行政区なら、駆けつけられると思います」
「・・・。いいわ。それに、目的は私だと思うから、ひとまず話を聞きましょう。私たちで対応が難しければ、その時にドゥラン殿に事情を説明して、カズトさんやルートガーさんを呼びに行きましょう。そのくらいの対応は許してもらえると思うわよ」
「そうですね」
部屋の外で待機していた。ヴィマとヴィミとラッヘルとヨナタンに、クリスティーネが指示を出す。
ヴィマとヴィミには、ドゥラン殿の案内。ラッヘルとヨナタンには、いつでも行政区に迎えるように準備をするように伝える。ドリュアスには、ツクモの居場所の確認を依頼する。
立場で考えれば、クリスティーネの同席はドゥランの確認を行う必要があるのだが、シロは同格の者としてクリスティーネを連れてドゥランに対面することを考えていた。
「シロ様。さすがに・・・」
「クリス。いい加減、諦めましょう。私の妊娠が発覚したことで、より一層、ルートガーさんへの権限移譲が行われると思うわよ」
「・・・」
クリスティーネも、肌で感じている。
ツクモが、ルートガーに権限の委譲を行っていることを・・・。チアル大陸の統治者は、ツクモのままだが、実権はルートガーが握るような状態に持っていこうとしているのだと感じている。
「シロ様。シロ様は、いいのですか?」
クリスティーネは、シロと会話をする機会は少なかった。
今までは、ツクモが一緒だったり、ルートガーが一緒だったり、誰かが一緒にいた。短い時間でも二人だけで会うことは数えるほどしかなかった。
二人だけで会っている時でも、クリスティーネはどこかシロに遠慮してしまっていた。気遣いではなく、シロにたいして苦手意識があった。それは、シロが元アトフィア教の聖騎士を名乗っていたことにも影響している。そしてシロの旦那であり自らの恩人でもあるカズトを、夫であるルートガーが命を狙ったことも影響している。カズトもシロも既に過去のことだと割り切っているのだが、ルートガーもクリスティーネも心に引っ掛かりを覚えている。
しかし、クリスティーネはこの機会にシロの本心を聞きたいと思った。
シロが妊娠したことで、ツクモとシロの跡取りができる。龍族のエリンが”伴侶”だと言っていることから、男児である可能性は極めて高い。そんな跡継ぎを宿している。
「なに?」
シロは、クリスティーネが何を聞きたいのかわかっているが、あえて質問を返すことで、クリスティーネの考えを計ろうと考えた。
「その・・・。このままだと、チアル大陸は、ルートが把握してしまいます」
クリスティーネとしては、絶対に聞いておかなければならないことだ。
そして、懸念している状況にならないように誘導したい。表情は穏やかでいつもと同じ雰囲気だが、信じられないくらい緊張している。
ルートガーが、”また”ツクモの命を狙うような状況を作り出すわけにはいかない。それだけではなく、ツクモとルートガーの間に誰かが入りこむような隙間は必要ない。そのためにも、ツクモには絶対者として君臨していてほしい。ルートガーの性分からいえば、上に立つよりも、補佐として動いている方が輝くと思っている。
「いいわよ」
「え?」
「もともと、あなたとルートガーさんに統治させて、私とカズトさんはロックハンドか岩場の邸で過ごそうと考えていたのよ」
「・・・。はい」
「最近は、カズトさんも考えを変えたみたいだけどね」
「え?」
カズトは、裏方に徹してルートガーが動きやすいように場を整えるつもりでいた。
しかし、ここに来てカズトの影響が大きくなりすぎている。ルートガーに変わっても、いきなりでは難しい。徐々に変わっても、統治方法が違えばあつれきが生まれてしまう。
そのために、最初に考えていた徐々に権限を委譲するやり方ではなく、別の方法を考え始めている。
シロは、カズトから相談をうけているわけではないが、カズトと過ごしている間にカズトの考えが見えてきた。カズトから答えは聞いていないが、間違っているとは思っていない。
「チアル大陸だけではなくて、中央大陸やエルフ大陸にまで影響力を持ち始めたでしょ?」
「はい」
「悩んでいるようだけど、チアル大陸をルートガーさんに任せて、外交部分をカズトさんが担当する方向で調整を行うようよ」
「それなら・・・」
「それに、このまま混乱が進むようなら、ドワーフ大陸や他の大陸にも手を出すことになるでしょ?」
「・・・。はい」
クリスティーネが俯いてしまった。
カズトが、チアル大陸を蔑ろにしていると考えてしまった。頭を振って、自分の考えを頭から追い出そうとしている。
シロは、クリスティーネの態度から何を考えたのか思い至った。
そして、クリスティーネの手を取って優しく話しかける。
「でもね。クリス。間違えないでほしいの」
「え?」
「カズトさんも、私も、チアル大陸が好き。ここに住んでいる人たちが大切なの」
「・・・」
クリスティーネは、シロの言葉の意味がわからない。
大切なら、外に出ようとしないで、皆を、自分を、ルートガーを導いてほしい。そんな思いを込めて、シロを見つめる。
「だからね。カズトさんが信頼している人にチアル大陸を任せたいのよ。帰るべき家を守ってもらいたいと思っているの」
「・・・。はい」
ツクモが考えていることと大きくはかけ離れていない。
シロは、足が止まってしまっているクリスティーネを少しだけ強引に引っ張るように歩かせる。
そして、俯いている状況から前を向かせる。気持ちが落ち込んでいるのはわかる。納得が出来ていないだろうと想像もできる。
「納得できない?」
「いえ・・・。そうではなくて・・・。いえ・・・。なんとなくはわかっているのですが・・・」
困った表情をクリスティーネに向ける。
シロにもわかっている。いきなり言われて、それも自分たちが考えていたよりも大きな話をいきなり聞かされたのだ。
「そうね。カズトさんの悪い所ね。ルートガーさんに、しっかりと説明をしていないのよね?」
「はい」
二人は話をしながらゆっくり歩いたが、龍族の長であるドゥランが待つ部屋の前まで来ていた。
「この話は、クリスとルートガーさんで話をして、カズトさんを問い詰めて。私からの説明よりも、納得ができると思うわよ」
「・・・。ルートも、意固地になるので・・・」
「そうね。難しいかもね。でも、しっかりと話をしないと・・・。”伝わらない”ことがあるのだと、知らせないとね」
「はい」