第十六話「ルームメイト」
あれから一ヶ月が経ち、ジャックたちはオカマの宿を後にした。
ちなみに、フランクとシエラは無事に家を借りられ、ダグラスもアルフォナの港で貿易商を再開したそうだ。
そして、今日は学院への入学前日。
ジャックは新生活を送ることとなる学生寮を訪れていた。
管理人に連れられ、部屋へと案内される。
「えぇっと、君の部屋はここだな。それじゃ、これで中に入ってくれ」
管理人はジャックに部屋の鍵を渡すと、その場から立ち去った。
「さてと」
ジャックは早速、鍵を開けて扉の奥を覗いてみた。
中には、ベッドが二つに、机と椅子が一つずつあった。
それ以外のものは特に見当たらない。
部屋の中は実に質素だった。
とはいえ、黒光りした鋼鉄の羽で身を包むあいつもいなさそうだ。
オカマの宿と比べたら遥かに優良物件である。
(ふぅ、ここならゆっくり寝られそうだな……)
ジャックはホッと一息ついた。
だが気になることもある。
それは、ベッドが二つあること。
ここでは一人で暮らすつもりだったのだが。
とその時、ジャックの背後から誰かが話しかけてきた。
「お? なんだ、先客がいたのか」
その声に振り返ると、そこにはジャックと同い年くらいと思しき青年が立っていた。
茶髪の頭で、背がすらっと高い。
年季の入ったローブを纏い、大きな鞄を手にしている。
「あのぉ、あなたは……」
「俺か? 俺はミシェル・スミス。君のルームメイトだ」
「……ルームメイト? ここって一人で暮らすんじゃ……」
「あれ、聞いてなかったのか? この学生寮は二人で一部屋。つまり、俺と君はここで一緒に暮らしていくことになるんだ」
「マ、マジか……」
ジャックはひどく戸惑った。
ルームメイトがいるだなんて、誰からも聞かされていなかった。
別に嫌というわけではないが、あまりにも突然すぎる。
とはいえ、挨拶くらいはしておかなければならない。
「えっと、ジャック・ハリソンです。どうぞよろしく……」
「おう、こちらこそよろしくな!」
二人は握手を交わした。
こうして、ジャックにルームメイトができた。
その後、二人は雑談を始めた。
「へぇー、イリザから来たのか」
「ええ、まぁ……」
「てことは、俺の地元のすぐそばだな」
「そうなんですか?」
「ああ。イリザの隣にあるリエ村って所なんだ。知ってるか?」
「ええ。もちろん知ってますとも」
リエ村とは、イリザの隣にある小さな村である。
山に囲まれた集落で、人口も2000人程度と少ない。
ちなみに、リエ村は戦士の村として知られている。
ミシェルの一族も戦士なのだろうか。
「リエ村が地元ってことは、ご家族も戦士だったりするのですか?」
「ああ。うちは代々戦士だな」
「でもこの学院に来たってことは魔術師を目指しているんですよね?」
「まぁそうだな」
「戦士にはならないのですか?」
「俺は魔術の道一筋で行くつもりだ」
「は、はぁ……」
戦士というのは立派な職業で、憧れる者も多い。
それなのに、なぜミシェルは魔術の道を志すのだろうか。
ジャックは不思議でならなかった。
すると、ミシェルが重々しく口を開いた。
「昔、リエ村が国王と敵対したことがあってな」
「こ、国王と!? そりゃまたどうして……」
「当時のリエ村は歴史に残るような飢饉に見舞われていたんだ。飢えに耐えかねて、そこら辺に転がっている死体を食い荒らす村人まで現れたくらいだ。そこで村長は、村人の納税義務を一時的になくした。税がどうとか言ってる場合じゃなかったからな」
「まぁそうなりますよね」
「でも国王はそれを許さなかった。飢饉だろうが何だろうが、村人から税を搾り取れって村長に命じたんだ」
「そんな……ひどい……」
ジャックは絶句した。
飢饉の時まで税にこだわるとは。
国王に人の心はないのだろうか。
ミシェルは険しい顔をして、拳を強く握りしめていた。
そして話を進める。
「それでも村長は国王からの圧に屈しなかった。村人の生活を守るためにな。だが国王は見せしめとして、何万もの帝国軍をリエ村に送り込んだ」
「帝国軍を? 国王はそこまでしたのですか?」
「ああ。そして、村は一夜にして壊滅した。まぁ当たり前の話だけどな。戦士の俺らが人一人を殺している間に、帝国軍は魔術で何十人も殺しちまうんだ。次から次へと首を吹き飛ばしてな」
「……首を?」
「この世のものとは思えない光景だった。あんなのに勝てるわけがない。そこで俺は気づいた。魔術に抗えるのは魔術だけなんだと」
「つまり、この学院で魔術を学ぶのも……」
「ああ。戦士にはない、絶対的な強さを手に入れるためだ」
たしかに魔術というのは絶対的な強さを誇るものだ。
どんなに強い戦士でも、魔術に抗うことはできない。
ミシェルの言っていることは正しい。
だが魔術を手に入れたとして、彼はそれをどうするつもりなのだろうか。
ジャックの中でそんな疑問が駆け巡った。
すると、ミシェルがある話題を振ってきた。
「それはそうと、イリザって大変なことになってるらしいな」
「……大変?」
「あれ、知らないのか? 跡継ぎになるはずだった次期当主が殺されたって話」
「あぁ……」
ジャックは反応に困った。
まさかミシェルがあの事件について触れてくるとは思わなかった。
(こんな所で正体がバレるわけには……。よし、さっさと他の話題に切り替えよう)
とその時、ミシェルが怪訝そうな顔をした。
「そういえば、その次期当主を殺した奴も『ジャック』って名前だったような……。まさか君……」
「え!? あ、いや、それは……」
「なんてな。冗談だよ冗談。ハハハハ!」
ミシェルは愉快そうに笑っていた。
その冗談が実は真実であることを、彼は知る由もない。
ジャックは愛想笑いをしつつも、
(おいおい、勘弁してくれよ……。心臓がいくつあっても足りんわ……)
と、心の中で怯えていた。