第十二話「宮廷都市アルフォナ」
出航してから五日が経った。
周囲には相変わらず大海原が広がっている。
そんな中、フランクは首を傾げてジャックを眺めていた。
「兄ちゃん……もしかして痩せたか?」
「そりゃ出すものを全て出し切りましたからね……」
と言うジャックの顔はゲッソリと瘦せ細り、まるで幽霊のようだった。
フランクはそんな彼を見て顔をしかめた。
「そういや、船に乗るのは初めてなんだっけか?」
「ええ。生まれてから一度もイリザを出たことなかったですし」
「なるほど。だからそんなに酔っちまったんだな」
フランクはジャックの話を聞いて腑に落ちた様子だった。
そう、今回はジャックにとって記念すべき人生初の航海なのだ。
だが、彼の中で『船』はトラウマと化していた。
「もう船なんて見たくもないですよ……」
ジャックは弱弱しくボソッと呟いた。
すると、ダグラスが舵を握りながら声をかけてきた。
「そんな悲しいことを言うな。船ってのは海があればどこにでも行けるんだ。これほど便利なものは他にない」
「どこにでもですか……。僕はこのままだとあの世に行きそうですよ」
「お、おう……」
「ところで、アルフォナにはあとどのくらいで着くのですか? いい加減、地面が恋しくなってきました」
「そうだな。そろそろ見えてきてもおかしくない頃なのだが……って、噂をすれば」
ダグラスは船の前方を顎で指し示した。
その方を見てみると、何かの影がぼんやりと浮かび上がっていた。
「ん? なんだあれは……」
だが、小さくてあまりよく見えない。
ジャックは目を凝らしてみる。
すると、少しずつその姿がはっきりしてきた。
「あっ!」
そしてようやく影の正体が判明した。
それは、待ちに待った陸地だったのだ。
ようやくアルフォナに辿り着いたジャック一行。
船から降り、地面を踏みしめる。
「あぁ……地面……地面だ……」
ジャックは涙を流して感動していた。
そんな彼に構うことなく、シエラは話を進める。
「さてと、これからどうするのよ」
「まずは宿探しからだな。家を借りるまではそこで暮らさねぇといかんし」
「アルフォナの宿って高かったような気がするんだけど……。お金は大丈夫なの?」
「安心しろ。宿代くらいは持ってきてるさ。それに探せば安い所だって見つかるだろ。フハハハハ!」
「本当に大丈夫かしら……」
高らかに笑うフランクに、シエラは不安げな様子だった。
すると、ダグラスが口を開いた。
「とりあえず今は街を歩いてみることにしよう。話はそれからだ」
「それもそうね。私もアルフォナがどういう所なのか知っておきたいし。それじゃあ行くわよジャック……ジャック?」
「あぁ……地面……気持ちいい……」
ジャックは未だに地面を踏みしめて感動していた。
船から降りられてよほど嬉しかったのだろう。
その様子を見たシエラは驚きつつも、呆れた顔をして溜め息をついた。
「はぁ、馬鹿なことしてないで早く行くわよ、ほら!」
シエラはジャックの手を取ると、そのまま彼を引っ張っていった。
宮廷都市『アルフォナ』。
帝国随一の人口を誇り、その活気は凄い。
大通りには、石造りの立派な建造物がずらりと立ち並んでいる。
その前を多くの馬車が行き交っている。
道行く人々の中には、貴族と思しき身なりをしている者も多い。
そして何より衛兵の数の多さに驚く。
やはり宮廷都市だけあって、厳重な警備体制だ。
その目つきは鋭く、ネズミ一匹たりとも逃さないといった佇まいである。
(怖い街だなぁ。これじゃあ、ただ歩いているだけなのにビクビクしちまう……)
異様な街の雰囲気に、ジャックはなかなか慣れずにいた。
それはシエラも同じだった。
「ねえ、私たちずっと見られてない?」
「なんたってそれが奴らの仕事だからな」
シエラとフランクは小声で会話をした。
しばらく歩いていると、路地裏にあるボロい宿を見つけた。
建物の古さといい、近寄り難さといい、いかにも宿代が安そうだ。
「……ここにするの?」
シエラはひどく戸惑っていた。
年頃の少女にとって、これは酷である。
てかこんな宿を好き好んで選ぶ者などいるはずがない。
とはいえ、今はそんな我儘も言っていられない。
「よし、入るぞ」
フランクは覚悟を決めて宿の扉を開けた。
すると、奥から男とも女とも言い難い声が聞こえてきた。
「いらっしゃあぁぁぁああい!」
「げっ!」
そこにいたのは、宿の主人と思しき男……いや、オカマだった。
「あらぁ、お客さん?」
「あ、ああ。そうだが……」
「って、ちゃっとやだぁー! いい男がいるじゃないのよぉ!」
と、突如としてオカマが店から飛び出してきた。
お目当てはダグラスらしい。
「あなた名前なんていうの?」
「ダ、ダグラス……」
「あらそう、ダグラスっていうのぉ? いい名前してるわねぇ」
「ど、どうも……」
目を輝かせるオカマに、ダグラスは困った顔をしていた。
どうやら選ぶべき宿を間違えてしまったようだ。
とはいえ、時すでに遅しである。
「お客さんたちは四人でいいのかしら?」
「ああそうだ。部屋はいくつ空いてるんだ?」
「いくらでも空いてるわよ。なにせ客なんて来た試しがないんだから」
「じゃあどうやって経営しているんだ……」
「まぁ細かいことはいいじゃない。それよりもぉー」
すると、オカマがダグラスにベタベタとくっつき始めた。
「お、おい! 何をしている!?」
「ねえー、あなたは私と一緒に寝なぁい? サービスでただにしてあげるからぁ」
「そんなサービスなどいらん! いいからさっさと離れろ!」
「えぇー? 冷たいこと言わないでよぉ」
「お前たち! ボーっと見てないで早く助けてくれ!」
ダグラスは必死に助けを求めた。
これに三人は顔を見合わせ、肩をすくめて溜め息をついた。