第十一話「これから」
しばらくすると、海面が夕日に照らされてきた。
その頃にはシエラも目を覚まし、すっかり元気になっていた。
そんな中、ジャックは溜め息をつき、途方に暮れていた。
「はぁ、この先どうすれば……」
その様子を見て不思議に思ったシエラは、フランクに耳打ちして尋ねる。
「ねえ、あんなに落ち込んでるけど何かあったの?」
「アルフォナでどうやって生きていくのか悩んでいるそうだ。まぁ貴族なんだし、どうにかなるだろ」
「貴族といっても、今は追われる身でしょ? 本名だって隠さないといけないだろうし」
「あぁ、言われてみれば……」
「あの人がアルフォナで普通に生きていくなんて無理な話よ」
「だがどうしていくかだよなぁ」
「それをこれから考えるんでしょ?」
シエラはフランクに呆れた顔を向けた。
するとそのままジャックの方へと歩み寄った。
「ちょっと、なにめそめそしてるのよ。あなたも一緒に考えるのよ?」
「……何をですか?」
「あなたのことに決まってるじゃない!」
「は、はぁ……」
ジャックは訳も分からぬまま、シエラに詰め寄られた。
というわけで、三人はジャックの今後について協議することとなった。
まずはシエラが話を進める。
「それじゃあ始めていくけど、あなた自身はどうしたいとかあるの?」
「いえ、特に何も……」
「生きていけるならいいってわけね」
「ええ、まぁ……」
そう、ジャックは生きていけるならそれでよかったのだ。
他に望むようなことなど何もないし、今は望めるような立場でもない。
「生きていくのに必要なものといえば、まずは食事と住む場所よね」
すると、これを聞いたフランクは安堵したように笑い出した。
「なんだそんなことか」
「何か思いついたのですか?」
「ああ。飯と家があればいいんだろ?」
「そのようですね」
「だったら話は早い。兄ちゃんも俺らと一緒に暮らせばいいじゃないか」
「……え?」
「はあ!? なんで私がこの人と一緒に暮らさないといけないわけ!?」
途端に、シエラは顔を真っ赤にして激昂した。
そりゃそうだ。
彼女からしてみれば、同い年の男子と一緒に暮らすなんて嫌に決まっている。
これはさすがにフランクが無神経すぎた。
それに、ジャックからしてみても無理な提案だった。
「フランクさん。お気持ちは嬉しいですが、それは無理な話ですよ」
「おいおい、別に遠慮しなくたっていいんだぞ?」
「いや、遠慮しているわけではなくて……」
「じゃあなんだ?」
「シエラさんと一緒に暮らすとなると、体がいくつあっても足りないというか……」
「ちょっと、どういう意味よそれ!?」
シエラはジャックを鋭く睨んだ。
「あ、いえ、その、女の子と一緒に暮らしたら緊張しちゃって体がもたないというかなんというか……」
と、焦って早口になるジャック。
もちろんそんなことは思ってもいない。
シエラという凶暴な生命体と暮らすだなんて怖くて怖くて体がもたない。
それが本当の意味である。
すると、シエラはジト目になって溜め息をつき、
「まぁいいわ。他の手を考えましょ」
と、一言。
そこで会話が途切れた。
(た、助かった……)
ジャックはホッと胸をなでおろした。
それから三人は他の手を考えるべく、頭を抱えた。
だが、なかなか話は進まない。
考えてみれば、15歳の少年がいきなり異郷の地に放り出されるのだ。
そう簡単に解決策が見つかるわけもない。
(さてどうしたものか。……いっそ冒険者にでもなるか?)
ジャックは次第に追い詰められ、とんでもないことを考えるようになっていた。
とその時、シエラが声を上げた。
「そうだわ!」
「お、何か思いついたのか?」
「ええ! ジャックもアルフォナ魔術学院に入ってしまえばいいのよ!」
「……ん?」
「……はい?」
あまりにも予想外のことを言われ、ジャックとフランクはキョトンとした。
一体どういうつもりなのだろうか。
天下のアルフォナ魔術学院に、ましてや魔力のないジャックが入れるとでも?
そもそも、食事や住む場所の話と関係があるようには思えない。
「シエラさん、あなた何言って……」
「だから、学院に入学して学生寮で暮らせばいいのよ」
「……学生寮?」
「ええそうよ。学生寮なら食事も安く提供されるし、住む場所にも困らないわ」
「いやそうは言っても、学院に受かるだけの能力が僕には……」
「それなら心配いらないわ」
シエラは自信満々の様子だった。
「どういうことですか? まさか裏口入学ですか!?」
「はあ? そんなわけないでしょ!」
「じゃあどうやって……」
「入学試験には二つの方式があるわ。一つは私のように筆記試験と実力試験を受けるもの。そしてもう一つが模擬戦よ」
「……模擬戦?」
「ええ。学院から選抜された人と模擬戦をして合否を決めるの。そこで勝てれば晴れて合格だわ」
「なるほど。で、僕にはどちらを受けろと?」
「もちろん模擬戦よ」
「おいおい、冗談だろ……」
ジャックは肩をすくめて溜め息をついた。
模擬戦だからといって甘く見てはならない。
何せ相手はアルフォナ魔術学院から選ばれた人物なのだ。
そんな輩と戦うなど、自ら喜んで痛めつけられに行くようなものである。
それこそ、ドMのすることである。
(ったく、シエラさんも何を考えているんだ。……って、まさか未だに僕のことをドMだと!?)
途端に、ジャックは不安と焦りに駆られていった。
「シエラさん! 僕はドMじゃありません!」
「え?」
「あ、いえ、何でもありません……」
思わず口から出てしまった。
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなっているのが分かる。
ジャックは一度自分を落ち着かせると、再び口を開いた。
「と、とにかく、僕がその模擬戦に勝てるはずがありません。やはり僕には学院に入れるほどの能力がないようです」
「男のくせに意気地がないわね……。それがあるんだから大丈夫だっつーの」
シエラが指さしていたのは、ジャックが手にしている杖。
もっと言えば、先端にあるディメオだった。
「怖いのは分かるけど、何事も挑戦することが大事なのよ?」
シエラは真剣な眼差しでジャックを見つめていた。
たしかに彼女の言う通りだ。
挑戦してみなければ、スタート地点に立つことすらできない。
だが、怖いものは怖い。
いくらディメオがあるとはいえ、模擬戦で無事に済む保証はない。
(どうする……? どうする……?)
ジャックは自分に問いかけた。
すると、それに返事をするかのように、
『恐れてはなりませんよ。立ち向かいなさい』
と、女の声がした。
これにジャックは驚き、キョロキョロと辺りを見回した。
「ジャック?」
ふと気づくと、シエラが心配そうな様子でいた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
今の声は何だったのだろうか。
そんな疑問がジャックの中で駆け巡った。
だが、恐怖はまったく感じられなかった。
それどころか、背中を押されたかのようにさえ感じた。
そして、ついにジャックは決意した。
「僕、模擬戦を受けてみます」
もう迷いはなかった。
シエラとフランクは顔を見合わせ、嬉しそうに微笑んだ。
と、このままいい感じに終わればよかったのだが。
「うっ……!」
ジャックは再び“あれ”に襲われた。
急いで船の外へ顔を出し、
「ヴォエーーーーーーーーーー!!」
と、一息。
さらば、胃の内容物第四弾よ!
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!?」
シエラは慌ててジャックに駆け寄り、彼の背中をさすった。
これにフランクは、やれやれとばかりに肩をすくめた。
(あぁ……情けない……カッコ悪い……)
と、ジャックは悔し涙を流した。