手紙
翌日、音海は戻って来なかった。
その翌日も、その次の日も。4日目くらいまでは気にしていなかったが、7日目となると少し心配に
なってきた。
いったい、どこで何をしているのやら。もしかしたら一人旅の趣味でもできたのかもしれないが、
まさか彼がそうなるはずはないだろう。
重い腰を上げ、冷蔵庫を開ける。残りは一袋。
最近全然外出していない。学校と塾と__それくらいか。
初めて家に連れて行った時、冷蔵庫にゼリーしかなかったことに衝撃を受けたのか、それから彼は
ことあるごとに食料を持ち帰ってきた。だから、ストックは十分あった……。
こんな時間に外に出るのは気が乗らないので、残りの一つを頂戴する事にした。
スマホを手に取る。意味がないし、迷惑だと知っているけれど、なんとなく電話をかけてみた。
まさか、行方不明になっているとは思わないが。
電子音が鳴る。しばらく待っていると、雑音の中に聴き慣れた__聞きたかった声が聞こえてきた。
『要件は?』
どうやら取り込み中らしい。
『なるべく早く帰ってきて』
『_____』
そういうと、また雑音を残して通話が終わった。
水無瀬は、少し考えてから、宿題の答えを写しておいてあげることにした。
次の日、帰宅して郵便受けを見ると、差出人の名も宛名もない一通の手紙が入っていた。
もしかしたら、音海からかも知れないと淡い期待を抱いていたが、次の瞬間それは粉々に砕け散っ
た。
手書きのアルファベットの筆記体で、急いで書いたような文字だった。目に入ったのは、ローマ字
で記された自分の名前。
胸騒ぎがして、息が止まりそうになった。
スマホの翻訳アプリを開いて、辿々しくアルファベットを打っていく。訳を見た途端、衝撃が走っ
た。
“計画の変更 プランD H計で行く事 早急に応戦準備 Minase 変更 直ちに去り、本部まで“
どうやらそれはスペイン語のようだ。癖のある文字が不安を煽る。
いや、まさか。ただの悪戯だろう。令和の今にこんな悪戯とは随分時代遅れだが,無視すればいい
んだ。
もしも、もしもこれが故意に、何かを伝えようとしているものならそもそも郵便受けに投函したり
はしないだろう。
何となく、捨てるのを躊躇った水無瀬は、それを自室の机の中に入れておいた。
家にはまだ誰もいなかった。何だか,急に睡魔に襲われて,ベットに倒れ込むようにして眠った。
頭がぼーっとして、だんだん熱くなってきているのを感じる。心なしか,耳鳴りもしてきた。
音海がいなくて、良かったと思う。風邪なんかうつしたら,すぐに____ぐずぐずになってしま
いそうだ。
つけた画面は眩しくて、目がチカチカした。まだ1時で自分が風呂に入らず寝落ちしていた事に気づ
く。
せめて、清潔感だけは保ちたいという発生源のない謎のプライドがあったので,着替えを持って風
呂場に直行した。
脱いでいると,玄関から物音がした。昨日までずっと侘しくて気がかりだったのに,体調のせいか
、最悪なタイミングだと思ってしまう。逃げるようにして浴室に入る。
ずっと前,玄関から入ってこないのにどうやって入ってくるのかを尋ねると,「大体__9割は窓か
ら」と返ってきた。残りの一割については敢えて聞かない。
「だろうね。でも、誰も入ってきていない家に物音がすると幽霊でも出てきた気がして,落ち着け
ないんだよ.玄関からだと,どうしてもダメ?」
そう聞くと,答えが返ってきた.
「玄関からだと、音がするだろ。」
「そうだね。なんかダメ?音が嫌い?」
「気づかれると面倒になるし__」
「何それ,こっちは首を長くして待ってるのにさ,」
自分でも,こんなセリフが出た事に驚く.水無瀬の気づいていない心のどこかで,音海が家にいな
い,一人の時間を寂しく思っていたのだろうか。