わんぱくクラブ!!
翌朝。
一月十日。
火曜日。
桜の入試は来週の水曜日の十八日らしい。
正月が明けたばかりだというのに大変だなー。
そんなことを考えながら朝食と弁当を用意した。
食卓に朝食を並べたところで二人が起きてきた。
「おはよ~」
大きなあくびをしながら食卓に着いた天姉は制服を着ていた。
「ゴザル~」
けいもつられるようにあくびをしながら席に着いた。
昨日のことを気にした様子はない。
そして宣言通り和服姿だった。
灰色の着物に白い帯で、黒い羽織を着ている。
僕たちから見れば見慣れた恰好だけど、学校ではどうなのだろうか。
「む。天姉も制服でゴザルか」
「うん。実は地味に制服着るの憧れだったんだよね~」
「ほーん。あ、今日雪降ってるでゴザルな」
「そうだね。今日はこのままずっと雪降るの?」
僕が訊くと、けいは目を閉じて唸りだした。
そして突然目を開けたかと思うと、
「途中で止むでゴザル!」
と言った。
「精度六十%の天気予報を信用するとして、途中で止むなら傘持ってくか迷うな」
天姉は白飯を頬張りながら
「まぁ雪だし私は持ってかないかな~」
と言った。
「んーじゃあ僕もいいや」
「拙者は持っていくでゴザル」
朝食を終え、準備を済ませて外に出ると結構寒かった。
雪がちらほら降っている。
僕もけいもクリスマスに天姉から貰ったマフラーを首に巻いた。
けいは草履を履いていて、黒い和傘を持っている。
「行きだけ入れてってよ」
天姉がけいに傘を差すように促した。
けいが傘を差して、天姉がけいの右側に立った。
「ほれ、恭介殿も入るでゴザルよ」
「うん」
僕はけいの左側に立った。
狭い。
けいの傘は結構デカいやつだけど、三人で入るには流石に狭い。
僕と天姉で、けいを押しつぶすようにしながら三人で並んで歩きだした。
「これ結構通行の邪魔になるでゴザルな」
「そうだね。人が来たら避けよう」
「うー首がさみぃ。けい、ちょいとマフラーに入れてくれんかね?」
「いいでゴザルよ」
けいがマフラーを外して大きな輪っかを作り、自分と天姉に被せた。
「おー。生暖かい」
「気持ち悪い感想でゴザルな」
そのまま歩いていると、狐酔酒と冬狼崎を発見した。
「佐々木と小野寺じゃん。おーい」
こっちに気がついた狐酔酒が手を振ってきた。
「お友達?」
天姉が訊いてきた。
「うむ。二人ともうちのクラスの学級委員らしいでゴザルよ」
「へぇー」
「ん? なんで小野寺ガチ和装してんの?」
近づいてきた狐酔酒は真っ先にけいの服装について言及してきた。
やっぱり珍しいんだ。
そりゃそうだよな。
ここに来るまで和服着てる人なんか一人も見かけなかったし。
「飛鳥殿は洋服着てるんでゴザルな」
「当たり前じゃん。なんでそんな珍しそうな顔するの?」
「冬狼崎は制服なんだね」
「ああ」
「見た感じ制服着てる人結構いるね」
僕がそう言うと、冬狼崎は
「せっかく買ったのにまったく着ないのはもったいないからな。生徒の半数くらいは普段制服で登校する。残りは私服で来るが、流石に和服を着ている奴は見たことがないな」
と答えた。
「そうでゴザルか」
「げんげんはいっつも制服だよなー。ところで、そっちの方はどなた?」
狐酔酒が天姉の方を見て言った。
ここで
「この人は僕たちの姉だよ」
なんて答えるわけにはいかない。
じゃあなんで苗字が違うんだって話になってくるからだ。
僕は
「小さい頃から仲良くしてて、僕たちが姉のように慕ってる人だよ」
と答えた。
「姉です。弟たちと仲良くしてあげてね」
天姉は頭を下げた。
一緒にマフラーを巻いているため、けいもつられて頭を下げた。
「こちらこそー。んー。それにしたって狂気じみた距離感だな」
狐酔酒は訝しげに天姉とけいを見た。
「そうかい? いや~なんだか照れますな~。はっはっは!」
天姉がけいの背中をバシバシ叩いた。
「よくわからんが、要するに幼馴染みたいな関係なのか?」
冬狼崎が言った。
「あーナイスな表現でゴザルよ幽玄殿。採用するでゴザル」
「幼馴染ね~」
狐酔酒はあんまり納得してないようだ。
そんなこんなで下駄箱に到着した。
天姉はマフラーを外してけいの首に巻き直すと
「ほんじゃね~」
ひらひらと手を振りながら二年の教室に向かって行った。
僕たちも教室に向かおうとしたところで、掲示板に目が留まった。
正確には掲示板に張り出された、とあるポスターのタイトルに目が留まったのだ。
『わんぱくクラブ!!』
可愛らしいフォントでそう書かれている。
「なにこれ?」
僕が訊くと狐酔酒も冬狼崎も苦い顔をした。
「……ああ。これはな、この学校の生徒が大人しくしている最大の理由だ」
冬狼崎が嫌な顔をしながら答えた。
「ほう。それは気になるでゴザルな。詳しく頼むでゴザルよ幽玄殿」
「昨日は確か、飴と鞭によって生徒をまとめているということを説明したんだったか」
「そうだね。飴は校則が緩いことで、鞭はボランティア活動だったり学校行事に参加できなくなったりすることだってのは教えてもらった」
僕の言葉に頷くと、冬狼崎は昨日の補足をし始めた。
「そうだったな。しかし昨日は鞭についての説明が足りていなかったようだ。つまり、わんぱくクラブというのは鞭の一つなんだ」
「数ある鞭の中でも最悪の鞭だぜ。この学校の鞭といえばわんぱくクラブのことを指し示すってくらいだ。考えるだけでもブルっちまう」
狐酔酒は実際に身震いしながら言った。
冬狼崎が説明を再開した。
「これはまぁ部活動の一つではあるんだが、自分の意志で入部、退部ができない」
「どういうことでゴザル?」
「学校側からの評価がある一定のラインを下回ると強制入部。そして評価が回復すれば強制退部となる」
「なんだか不思議な部活だね。更生が目的なんだろうけど」
僕は昨日の帰り、けいと話したことを思い出していた。
ラッコーが更生施設のような役割をしているという話だ。
冬狼崎は肯定した。
「その通り。わんぱくクラブは生徒を無理やり更生させる部活なんだ」
「その手段が気になるところでゴザルな」
冬狼崎は一瞬険しい顔をした。
なんだろう。
そんなに恐ろしいことをさせられるんだろうか。
冬狼崎は重々しく口を開いた。
「……二つ名をつけられるんだ」
「え?」
「ん? どういうことでゴザル?」
「そのまんまの意味さ。二つ名をつけられるんだよ。しかも退部するまでそれで呼ばれるんだ。最悪だぜ」
狐酔酒がため息をつきながら言った。
「えーっと、具体例とかある?」
冬狼崎は苦い記憶を辿るように目を細めた。
「俺の先輩は、全然掃除を真面目にやらなかったことからわんぱくクラブに強制入部となってしまい、深淵の王、という二つ名で呼ばれる羽目になった」
「それは……辛いな」
「恐ろしいでゴザル」
「しかも昼休みに校内放送があるんだよ。わんぱくクラブのなになに君。いえ、失礼しました。わんぱくクラブ、深淵の王、なになに。放課後部室に来てください。みたいな感じで。地獄さ」
「地獄でゴザルな」
「教師からあてられるときも二つ名で呼ばれるんだ。今日はー。そうだなー。じゃあ十日だから出席番号十番の深淵の王、答えろ。みたいな」
「嫌すぎる」
「更に、三年の三学期始業式時点でわんぱくクラブに所属していた場合、卒業アルバムの部活動写真が載ってるページのわんぱくクラブのところに顔写真が載せられる」
「恥でゴザルな」
「真面目に過ごしてりゃ大丈夫なんだけどな。自由な校則にかまけて好き勝手やってたら制裁が下るから気をつけろってことだ。……この話はこの辺にしといてさ、さっきの人のこと訊いてもいいか?」
狐酔酒が話を変えた。
「天姉の……白石先輩のこと?」
「白石さんっていうのか。そういやさっき名前訊いてなかったな。下はあまねえっていうのか?」
「いや、天音だけど」
「白石天音さんか。なるほど」
狐酔酒は何度か頷いた。
「他はなんかないのか?」
狐酔酒は更に天姉の情報を求めてきた。
「どうしたんだ飛鳥。何がそんなに気になるんだ。白石先輩がどうかしたのか?」
「げんげん、ちゃんと見てなかったの? めっちゃ可愛かったじゃん」
「まぁそれは否定しないが」
「だろ」
「?」
「いや綺麗な人だったら普通気になるじゃん」
「よく分からんがそうなのか」
冬狼崎はあんまり分かってない様子だった。
けいが冷ややかな目で狐酔酒に言った。
「天姉はライバル多いからやめといた方がいいでゴザルよ飛鳥殿」
「それはお前も、って意味なのかな小野寺?」
狐酔酒は挑戦的な目で、けいのことを見た。
けいは肩をすくめてみせた。