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第64話 初代魔王の記憶⑧

いくら説明したところで、現代の日本で平和ボケしながら育った俺達に戦争を肯定させるのは絶対に無理なのはわかりそうなものなのだが…

一向に自分の考えに賛同しない俺と勇者にとうとう創造神の堪忍袋の緒が切れたようだ。
老人の姿で顔を真っ赤にしながらキレるその様は、昔電車内で見たことがある、松葉杖を使っている高校生に対し、他の席が空いているにも関わらず自分が座るのにどかそうとして、他の乗客から窘められてキレていた老人を思い出す。

穏やかな笑みが良く似合う上品な祖父母が大好きだった俺は鬼のように表情でキレる老人を見たくないのでやめてもらいたい。

「まぁ落ち着けよ」

「誰のせいでこうなっとると思っておるのじゃ!」

「なんでお前は魔族や人間の進化に拘るんだ?」

思っていた素朴な疑問をぶつけてみる。
そういえば小学生くらいの頃、学校の教師や自分の親に『なぜ勉強するのか』なんて質問していたことを思い出す。

「……は?何故とは不思議なことを聞くもんじゃのう。あまりに驚いて怒りがふっとんでしまったわい。そんなのお前達に幸せに暮らして欲しいからに決まっているだろう?」

はいはい出た出た…創造神は価値観の押し付けタイプね。めんどくさ。

「あーなんだ、そのーあれか?魔族や人間達から毎日毎日『創造神様!我々を進化させて下さい!!』みたいなお祈りでも届くのか?」

「フォッフォッフォ…魔王は思ったより馬鹿だったみたいだのぅ。人間や魔族がそんな向上心ある訳なかろう。だから儂がわざわざ戦争が終わらないように調整してやっているのではないか」

「その長いこと続いている戦争で魔族や人間が疲弊しきっているし、そもそも毎年少なくない戦死者が出ている。幸せどころか悲しみにしか繋がっていないぞ?」

「…?」

こいつはやっかいだ。話がまったく噛み合わないぞ…

「魔族と人間の幸せを考えてくれるんだったら、まさに今生きて苦しんでいる俺達のことも考えてくれないのか?」

「言わんとしていることは分かるが、個々で考えるのではなく、種族全体、未来を含め考えた時、きっと儂の言っていることを理解してくれると思うんじゃがのぅ…」

ようやく分かったぞ。
そもそもこいつは俺達のことを家畜程度にしか考えていない。
創造神自身、魔族や人間を『子供達』と呼ぶところをみると、恐らく自分の子供のように、とか考えているつもりなんだろうが、実際やっていることは家畜と変わらない。

そのくせ自分の子供達、とか本気で思っているから質が悪い。

「あ、じゃが魔王と勇者、主らは別じゃぞ?主らは魔族と人間にしておくには惜しいくらい優秀じゃ。将来的には儂の代わりにこの世界を任せても良い、と思っているくらいじゃ」

「ならばさっさと俺達に世界を任せてスローライフでも送ってくれて構わんぞ?」

「それはならん。少なくてもお主らが暮らした地球と同じ程度の文明レベルになるまでは儂自ら責任を持ってしっかり監視すると決めておる」

俺はともかく、この世界でも人間として生を受けた勇者の寿命は、精々100年くらいなものだろう。
創造神の話に応じるかどうかは別にして、そもそも少なくとも人間である勇者の寿命は全く足りていないだろう。

「創造神よ、そんな未来まで俺達は責任を持てない。俺達は今をともに生きる仲間達を戦火から守るだけで精一杯だ。そもそも流石に勇者の寿命が足りないだろう」

「寿命については主らを神へ昇華させるから問題ない。が、いい加減にもっと大局を見るのだ魔王よ!種族全体を考えた時、どうしても大勢の幸せを考えた時、犠牲になる者が生まれるのも事実じゃ」

『神へ昇華』ってなんだ!?凄く詳しく聞きたいけど今はそういう空気じゃない…。

「そうすれば、未来永劫お主ら2人だけは生き続けられるぞ?力を持つ主らには当然の権利ともいえるがな」

「おい!俺達はー

「いや、焦って答えを出す必要はない。今日のところは一旦身を引くことにする。一度魔王と勇者でよく話し合って決めるが良い」

「ま、待て!聞きたいことはまだ山程あ…るん……だ………」

俺が言い終わる頃にはすでに、創造神の姿はきれいさっぱり消えていた。





「ティアラ…ティアラが望むのならティアラだけでも神の誘いに応じて貰っても構わない。…というより応じた方がいいかもしない」

「大ちゃん…?本気で言っているのか??だとしたらあまりに私のことを馬鹿にし過ぎではないだろうか!?」

「あ、いや、俺はティアー

「どうおせ大方『ティアラには長く生きて欲しい』とかなんとか思ってるんだろうが、仮に私が神へ昇華したとしても、それによってあのジジイの意見を肯定することになるのだとしたら私は断固拒否させて貰う。そもそもそうなった場合大ちゃんですら私の敵となる。誰かの犠牲の上にある幸せなど、神にでも喰わせておけば良い。私は晩ご飯に好きなおかずが一品出たら喜べるくらいの人生が良い。そっちの方が幸せを一杯感じられる。そして何より、大ちゃんのいない人生なんて私には必要ない」

キレるとティアラは口数が非常に多くなる。
こうなると俺は怖くてティアラに意見なんて出来ない。

「……ティアラ、俺と一緒に苦労してくれるか…?」

「愚問」




俺達2人の答えは割りと簡単に出たが、このまま話が終わるはずはないだろう。
この世界を作った神、創造神の意見と真っ向から対立するんだ。

無事に済む訳がない。

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