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 ある老人の、遺体が片付けられた現場に着いた頃、雨が降り始めた。今は小雨であるが、これから強くなってくるのだろう。

直坂透日(なおさかともひ)は入り口に立ち、部屋番号を確認してドアを開けた。くたびれた金属音と同時に、鼻を突く強烈な臭いが押し寄せた。

今日の仕事も清掃員として、公営マンションの一室へ派遣された。中は薄暗く、年季の入った床が軋む、廃墟同然の室内。ここで一人の老人が死亡した。

殺人なのか、他殺なのか。それは両方にとってもどうでもいいことである。

詳しいことは知らされない。ただここを何事もなかったかのように、キレイに掃除することを指示された。

声も顔も知る由もない担当者の名前と、意味のないテンプレートメッセージが時間ぴったりに、透日のデバイスに送られてきた。

 干からびたシンクは水滴の気配すらない。シミと血で汚れたシーツを踏みつけ、カーテンを開ける。
透日は窓を半分開け空気を入れ替える。

基本的には二人一組で仕事をする決まりなのだが、一昨日組んだサトウという中年男性は途中でタバコ休憩に行くと言って、そのままだ。

おかげいつもの倍以上の時間と労力がかかるが、サボる訳にはいかない。

彼には養わなければいけない茉璃《まつり》という妹がいる。

どうせ今日も一人なのだろう。開始時間はとっくに過ぎている。紙くずでもペットボトルでも、関係なくビニール袋に放り込む。
手が荒れ皮が厚くなってしまった。この生活を何年続けているのか分からない。

透日だけではない。この地に住むほとんどの人がそう感じているに違いない。

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