第49話 深淵の迷宮⑦
グラウスとネクサの強力な必殺技『シャイニングマッスル』がファントムスライムに炸裂し、あまりの威力と輝きのせいでその場にいた全員が目を伏せる。
「や、やったか!?」
「ちょっと様子を見て来ますね」
お前らまじフラグ立てるの自重しろ。やはりゾラスの関係者だな。
…まぁ今回に関しては実際倒してるんで問題はないけどね。
Sランクおめでとう。
「いしょっしゃぁっ!」
「とうとうやりましたね!」
熱い抱擁を交わす偉丈夫と優男の絵は見る人が見たら大喜びだろうな、先輩とか…。
「今回はたまたま私達が通りかかったから良かったですけど、今後は後進の冒険者達の為にもお二人自身で正解を導き出せるように精進して下さいね~」
「あぁ、今回は正直ラッキーだったよ。マスターや魔王様だけでなく、レイラちゃんのアドバイスがなかったら絶対倒せてなかったしな…」
「はい、正直嬉しさ半分悔しさ半分といったところですね…もっと自分の感情をコントロールできるようにならなくては、攻撃力の高い敵との戦闘はそれだけで命を失いかねません…」
勝って浮かれている様だったら苦言を呈すんだが、浮かれるどころか当事者たちが一番現状をしっかり理解している。今日くらい大いに喜べばいいのに…。
「お二人は先のフロアに進むんですか?」
気になったことを聞いてみた。
恐らくここまでのボスのステータスから予想すると、グラウスとネクサの実力からすればもう少し探索を進められるかもしれない。
ファントムスライムで足止めを喰らっていたのは、歯が立たなかった訳ではなく、倒す手順の解明に至らなかっただけである。
「いえ、今回はマスターのいう通り俺たちだけでは絶対にファントムスライムの討伐はできていません。一度帰還して修行をし直します」
「レイラ師匠の技をもっと復習しないといけないしなw!」
少し離れた位置ではちべえとじゃれていたレイラがこちらを向いてニパッと笑う。
可愛さを自重して欲しい…次自宅に戻ったらデジカメが欲しいな。
グラウスとネクサもしっかり地に足を付けた考えが出来ているのでこの先も成長を続けられるだろう。
「お二人さえ良ければなんですが、軍本部に四天王のフレイムさんが『フレイム流格闘術』という格闘道場を立ち上げました。そこに行ってみて貰えませんか?」
「「ほう…」」
「フレイムさん自身始めたばかりで試行錯誤している最中ではあるんですが、フレイムさんが今まで実戦で学んできた経験や知識などの集大成を、一つの『型』として作り上げています」
「………俺らにフレイムの真似をしろ、と?」
当然2人とも四天王のリーダーであるフレイムのことは良く知っているし、合同演習でも目にしているだろう。
だからといって魔王軍の軍門に下っている訳ではない。
自分たちの強さにプライドがあるからこそ、この2人は冒険者のトップにいるのだろう。
「いえ、そんな必要は全くありません。むしろ逆です」
「…逆……とはどういうことでしょうか?」
「あの人も不器用なので是非お二人にはアドバイザーになって協力してあげて欲しいです。何なら一緒に共同開祖になっていただきたいくらいです」
フレイムは思い込みが激しく視野が狭い所があるので、協力者がいた方がフレイムの為にもなると思う。
魔族は根が素直な人たちが多いので、色々な達人達の良い所取りで流派を作っていくのが一番効率が良いと思う。
「そういうことでしたら、帰還後一度フレイム様のところに顔を出してみます」
「宜しくお願いします」
元々魔王軍と冒険者の仲も悪くはないので大きな問題は起きないだろう。
協力して作り上げていって欲しい。
将来的には対魔族は魔王軍、対モンスターは冒険者ギルド、のような枝分かれにも期待したい。真面目で継続性も実行力もある魔族なので全然起こり得ると思う。
その後、昼食をみんなでいただいた後、グラウスとネクサはワープの渦に飛び込み帰還していった。
ワープの様子をじっくりと観察していたが、水洗便所にくるくると流れていくようにしかみえなかった俺の心はきっと汚れ切っているのだろう。
そのうちウォシュレットを開発しよう。
〇
グラウスとネクサが帰還したのち、我々も今後の予定を改めて話し合った。
130階クリアまで要した時間は5日、なんなら実質4日。ゾラスが想定していた日数の半分にも達していないそうだ。
ゾラスの想定外だったのは、まず第一にエレナさんの圧倒的な機動力。
更にはその娘、レイラの抜群の戦闘センス。
このエレナとレイラの魔炎龍親子だけでも、時間を掛け食糧の問題さえ解決出来れば200階討伐もいけるだろうとのこと。
ただし、201階以降のダンジョンは当然ゾラスでさえ未経験なので、これから200階まではパーティーとしての戦いを訓練していこうとゾラス。
この提案には俺もすぐに賛成の意を示す。
我々がやろうとしているこの役割分担は、パーティーの練度によって効果が大きく変わってくる。
指揮官をゾラス、アタッカーをレイラと俺、サポーターをエレナさんとして、これからのボス戦でパーティーの連携を確認していく。
本来、レイラ以外のメンバーは全員アタッカーでもいいのだが、ゾラスはダンジョンの経験と知識が方なのでリーダーとして、エレナさんは万が一パーティーが全滅の危機に陥った場合全員を連れ逃げ出せる様に安全圏をキープしてもらうのが狙いだ。
エレナさんの為にも絶対にレイラに傷一つ付けないように気を付けなくてはならないな。
200階までを何とか残り2日間、アタック開始から丁度1週間で終了させることを目的とした。
201階以降は未知数なのでどれくらいのペースで進めるか分からないので、時間の貯金は作れる時に作っていこうということになった。
なんとかこの3カ月で完全踏破を達成したい。
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恐らく夢の中で目が覚める。
我ながらおかしな表現ではあるが一番しっくりくる。
また魔神に呼び出されたのか、と周囲を見回すと見知らぬ美女がいた。
「いきなり美女など当たり前のことを言うでない」
いきなり出てきて人の心を読むのはやめていただきたい。
「主が勇者が言っていた魔王か?」
勇者?俺は勇者となんかあったこともないぞ?そもそも勇者は100年前に死んだはずでは?
「魔神もお主の事を気に掛けておったし…お主は不思議な奴よの…」
私は佐藤と言います。失礼ですが…?
「余は女神じゃ」
予想通り過ぎて感想は特にありません。今日はどんな御用で?
「ホッホッホ そんなせっかちでは女子に好かれぬぞw?」
それは前世の30年で痛い程身に染みております。
「いいか新たな魔王よ…絶対に死ぬでないぞ。」
ちょっといきなり話飛ぶのやめて下さい。話が全然見えません。
せっかちはどっちだよ………と既にいないや。
夢の中だろうけど狐につままれたような気分だ。
魔神もそうだけど、『神』達の秘密主義はいい加減にして欲しい。
魔神にしても女神にしても何か腹に抱えているのは間違いないのだろうが、結局のところダンジョンを進める以外の選択肢はない。
少しむしゃくしゃしたけど、昨日グラウスとネクサに馬鹿にされたことを思い出したので、2人に10分おきに箪笥の角に足の小指をぶつけた時の痛みを感じる呪いを掛けて少し憂さ晴らしをしておいた。