バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第46話 深淵の迷宮④

俺たちは今、夕食の後エレナさんの淹れてくれたホエイプロテインを飲みながら食後の一服中である。
まだ供給が追いついていないホエイプロテインにグラウスとネクサは緊張していたが、慣れというのは恐ろしいもので、今ではお茶よりも食後のプロテインの方が落ち着くようになってしまった。

一服の際、改めて130階のボス討伐までの予定を話し合う。

「いやぁー、いくら馬鹿とはいえ先代様と並んで唯一のレジェンド級冒険者に直々に教えてもらえるなんてラッキーだぜ!」

「馬鹿、あ、いや…マスターありがとうございます!正直まだ討伐のヒントすら掴めていなかったので本当に助かります」

ゾラスはなんだかんだ冒険者たちからしっかり愛されてるんだな。
まぁこんな飄々としてるやつだけど、先代の魔王がいない今、冒険者の頂点だもんな。
魔族も見かけによらないな…

「ところでそのファントムスライムっていうのはどんなモンスターなんですか?」

「ああ、見た目は他のスライムと変わらないんだが、攻撃を仕掛けた瞬間2体に分裂するんだ…」

グラウスとネクサが苦々しそうに説明を始める。

分裂、というよりも、スライムの核を共有したもう一体の自分を生み出す、というものらしい。

さらに、理屈はわからないが戦っているうちにスライムはどんどん分裂を繰り返す上に、分裂体は視覚や意識を共有しているとしか思えない動きを繰り返すらしく、数が増えれば増える程難易度が跳ね上がっていく様だ。

基本最初の一撃は確定で分裂をするらしいので、2人は一つの仮定として2体の時点での同時撃破を何度か試したそうだが、何やら問題があって上手くいってないらしい。

(う~ん、増殖系の敵は大抵同時撃破で討伐するもんだと思っていたんだが例外もあるのか…)

「うんうん、しっかり考えながら戦おうとはしているみたいだね~。あとは分析力と対応力と……」

「糞…馬鹿の癖に…」

「グラウス、黙りなさい。いくら馬鹿っぽくても、こと戦闘面においてマスターの右に出る魔族はいませんよ」

「そんな褒めても代わりに倒したりはしませんからね~。ちなみに、コツさえ掴んでしまえば2人の実力であれば全然倒せますよ~」

「そうだとありがたいんですが…何分惜しかったことすらないので全然ピンときませんね」

見ていてヒヤヒヤするけど、俺と先輩のやり取りを思い出してみると似たようなことも結構あったかもしれない。
仕事外のことであれば結構砕けた会話もあったし、休日一緒に遊びに行ったりもしてたしな。

あー懐かしい…先輩に会いたいわ。





翌朝、朝食は、軽食やプロテインなど、各々が思い思いのものを取った。
ちなみに、ゾラスやグラウスとネクサは、アルスやセニア、他の四天王たちと比べ『食事』への抵抗が無かったので聞いてみると、単純にダンジョンでは背に腹は変えられず、持ち込みのプロテインだけでは数日しか持たないので、上位の冒険者であるほど『食事』をする機会が増えるらしい。

それでもやはりプロテインは好きみたいで、ホエイプロテインを広げようとしている俺は神に近い存在、とまで熱弁していた。

で、その朝食の最中にまだ我々がダンジョンに潜って3日目という話をしたのだが、グラウスもネクサも全く信じておらず、冗談と判断したのかゾラスと一緒に笑っていたのだが…









「「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああっ」」

なんでゾラスが一緒に笑っていたのか不思議だったがそういうことか。
自分が初めてエレナさんの背中になった際、俺から情報を伝えられていなかったことを根に持っていたのか…。
確かに詳しくは伝えていなかったけど、ブラッドレイブンの端から端を半日、ってエレナさんが言ってたんだから想像は着くだろうよ。

その情報すらグラウスとネクサに伝えなかったゾラスは、叫ぶ2人の様子を見ながらケタケタと笑い溜飲を下げていた。





オロロロロロロロロロロロ…
オロロロロロロロロロロロ…


130階へ続く階段に到着すると青い顔をしたA級冒険者の2人は急いで我々から距離を取るのに草むらの奥に消えていった。これも乗り物酔いというのだろうか。

問題はないだろうけど、一応女性もいるので魔王便利魔王『音姫ちゃん』で音を消しておいた。
こうなった切っ掛けもその女性だけど…。

1時間程してようやく体調が戻ってきた二人は取りあえずゾラスに文句を言っていたが、当のゾラスは全く気にしていなかった。
この後2人を指導する立場を暗に匂わせているのは流石ゾラスである。
グラウスもネクサもあまり強く文句を言えなくなってしまった。

そして例のごとく通路からボス部屋を覗いてみると少し大き目の黒い半透明のスライムが地面をゆっくりと這いずっていた。
ファントムスライムの通った跡はまるでナメクジが通った後のようで非常に気持ち悪かった。

「じゃあとりあえず2人でいつも通りいってきてごらん。万が一の時は手伝ってあげるからさ~」

ゾラスに促されてグラウスとネクサがボス部屋に足を踏み入れていく。

ちなみにボス部屋も他のフロアと同様、入口からも出口からも出入りは自由にできる。
命がある限り何度でも挑戦可能だ。
無理は禁物である。

グラウスとネクサのコンビは見た目の通り、筋骨隆々としたグラウスが前に出て

「じゃあネクサ、今日は俺がs

「死にさらせこのくそ雑魚スライムがぁぁぁぁああああああ!」

「あ、ちょ、ま…ネクサっ!」

さっきまで冷静な優男だったはずのネクサが長髪を振り回し血走った目で、分裂体を含む視界に入るファントムスライムに次から次へと攻撃を繰り出す。

必死に落ち着かせようとグラウスが声を掛け続けるがネクサは聞く耳を持たない。

その後、攻撃を続けるネクサと何とか攻撃を合わせようとするグラウスだったが、気付けばファントムスライムは30体近くまで増殖していた。

「じゃあそこまでにしよう。グラウス戻っておいで~」

そう言いながらゾラスはボス部屋に侵入し音もなくネクサの背後へ。
首根っこを掴み未だ暴れ続けるネクサを部屋の手前の通路に引っ張り出す。

擦り傷や火傷だらけになったグラウスも続いて脱出に成功して地面に座り込む。

「ネクサは相変わらずその悪癖治ってないんだね」

「も、申し訳ありません。またやってしまいました…」

「自分だけならまだしも、いつかグラウスまで巻き込むことになるよ?」

「「……………」」

ゾラスに怒られたことまた討伐を失敗してしまったことなどが重なり、周囲を気まずい雰囲気が包む。

そこに天使が舞い降りる。



「私がネクサお兄ちゃんに、魔王様直伝の必殺技教えてあげる!」

流石我が娘(ではない)俺と同じ解決策まで辿り着いているではないか。





次回、シャァァァイニングゥ マッスールゥゥゥウウ!!

しおり