四天王戦
けいたちがテレポートして急に目の前から消えた後、ロゼメロ、ウルフロバテーネ、ゼノライト、カヨイの四人はとりあえず集合した。
ゼノライトが言った。
「おい。なんかあいつら急にいなくなっちゃったんだけど?」
「そうだな」
カヨイは淡泊に答えた。
「そうだなって。いいのかよ?」
「よくなかったとして、俺たちにはどうしようもないだろう。あいつらがどこに行ったのかすら分からないんだからな」
「それはそうだけどよ。んー」
ゼノライトはポリポリと頭を搔いた。
ロゼメロが諭すように言った。
「まぁ強かったけどさ、せいぜいアタシたちと互角くらいの感じだったじゃん。あれじゃ親父には勝てないって。それに元々親父の負担にならないように倒せたら倒そうくらいのノリだったじゃん。別に大丈夫だよ」
「ロゼメロの言う通りだ。貴様はバカなんだから難しいことは考えるな」
ウルフロバテーネは鼻で笑った。
「あぁ? お前こそアホだろうが狼女!」
「なんだと貴様!」
「はいはい喧嘩しない」
ロゼメロが二人の間に入って仲裁する。
そんなやりとりの横でカヨイは一人難しい顔をしている。
それに気づいたゼノライトが声をかけた。
「どうしたんだよカヨイ。腹でも痛いのか?」
「違う。いや、あいつらがやけにあっさり引いたのが少し気になっただけだ。気にしないでくれ」
「んーそっか。そんなことよりもよ。オレ、あいつらの一人から魔法書奪ったぜ。なんか魔法を反射するやつっぽい」
「なにっ。でかしたぞ、バカのくせに!」
「おお。お前みたいなアホでもオレの素晴らしい功績が理解できるんだな」
「は?」
「あ?」
ウルフロバテーネとゼノライトは額を突き合わせて睨み合った。
「喧嘩すんなってゆうとるやろがい」
ロゼメロは二人の頭に軽くチョップした。
カヨイは難しい顔をしたままだ。
四天王はその後移動し、その日の夕方にはエピロゴス島があるとされている大体の位置に辿り着いた。
四人は今、ウルフロバテーネの風魔法によって空を飛んでいる。
四人の下には海があるばかりで、島などどこにも見当たらない。
カヨイが小野寺桜澄から預かっていた反魔の書のレプリカを取り出して、それに魔力を込めた。
すると空間が裂けるようにパラパラとエピロゴス島を守る結界が崩れ、さっきまで普通の海に見えていた場所に島が見えるようになった。
反魔の書のレプリカは一瞬で灰に変わって、風に流されていった。
「ありゃま。流石に神がガチで作ったような結界を消すってなったら一回で灰になっちまうんだな」
「まぁレプリカだしね~」
「ウル、急いで島に向かってくれ。結界は一時的に消すことができるだけで、すぐに元通りになってしまう」
「分かった」
四人は結界が元に戻る前にエピロゴス島に降り立った。
「天使は島の中央にいる。行くぞ」
カヨイが先頭に立って歩き出した。
しばらく進むと少しひらけた場所に出た。
「! あれ」
ロゼメロが正面を指差した。
そこには白い剣が地面に刺さっており、その傍らに和服姿の老人が腰を下ろしていた。
「ああ。分かってる。……敵だ」
カヨイがそう言うのと同時に四人の背後にそれぞれ三原色魔法陣が現れた。
老人は四人を面倒くさそうに見ると、ため息をつきながら立ち上がった。
「……来たか。来ちまったか。面倒じゃのう」
そう言うと老人はもう一度ため息をついた。
そして四人に向かって言った。
「ここは神が立ち入り禁止区域に指定した場所じゃ。間違って入ったのなら帰れ」
「……貴様が天使か?」
ウルフロバテーネが老人を睨みつけながら言った。
それを聞くと老人は一瞬きょとんとした後、大声で笑いだした。
「はっはっは! わしが天使? んなわけないじゃろ。どう見たって天使って面じゃないじゃろうて」
「……なるほどな。これがあいつらが簡単に引いた理由か」
カヨイは一人納得して老人を正面から見据えた。
「おぉ。そのあいつらってのは多分けいたちのことじゃろ? なんじゃ、お前らあの子たちと戦ったのか」
「けいだと? 私の技名を馬鹿にしたあの無礼者のことか? 一体どういうことだ。貴様は何者なんだ。カヨイには分かっているのか?」
「ああ。俺たちと同じく相手も二手に分かれていたってことだろう」
老人は頷いた。
「まぁそういうことじゃの。というか冷静に考えれば当たり前のことじゃろう。世界を消すには天使を殺せばいいわけじゃが、天使を殺せばその瞬間に世界が自分も含めて消えるんじゃから表世界も裏世界も消すのはいくら桜澄といえど一人ではできん。二手に分かれる必要がある。だからわしらも二手に分かれてお前らを邪魔しなければならん。それでわしは裏世界をあの子たちに任せて表世界のこの島で待ち受けておったわけじゃが、しかしこっちに来たのがお前らってことは桜澄は裏世界の方か。はぁー。あの馬鹿弟子には言いたいことが山ほどあったんじゃがの」
「……弟子? ってことはもしかして、アンタは親父の」
「おう。わしは桜澄の師匠、島崎玄柊じゃ」
ゼノライトがそれを聞いて納得したように
「あー」
と言った。
「あんたが島崎玄柊か。旦那に色々聞いてるぜ」
「お、本当か? 桜澄、わしのことなんて言ってた?」
「お世話になった師匠だとさ」
「えーもっとなんか言ってなかったかの?」
「さあな。そんなこと今はどうでもいいだろ。長話したってしょうがねぇ。さっさとやろうぜ」
ゼノライトは背後の魔法陣に魔力を込めた。
他の三人もそれを見て同じように魔力を込めた。
「はぁ。お前らだって本気で世界を消したいなんて思ってるわけじゃないじゃろうに」
四人はそれには答えず、無言で最大火力の魔法を放った。
小野寺桜澄から島崎玄柊について聞いていた四人は目の前の相手を強者だと認め、最初から全力で攻撃したのだ。
島崎玄柊は迫りくる魔法を前に、懐から魔法書を取り出した。
次の瞬間、四人が放った魔法は突如消滅した。
「! 魔法が消えた!?」
ウルフロバテーネが目を見開いた。
島崎玄柊は手に持っている魔法書を四人に見えるように掲げた。
「これ、なーんだ」
「……オリジナルの反魔の書か」
カヨイが苦い顔をして言った。
「当たりじゃ。流石に魔法で勝負したら厳しいからの。もう発動しちまったから、わし含めこの場にいる全員が魔法を使うことはできなくなった。だからその魔法書も意味ないぞ?」
そう言って島崎玄柊はゼノライトが持っている魔法を反射する魔法書を指差した。
そして反魔の書を後ろに投げ捨てると、隣にある地面に刺さった白い剣を引き抜いた。
「これはな。お前らも会ったかもしれんが、桜澄の弟子の友達から借りたもんで、俗に言う勇者の剣ってやつじゃ。まぁわしは勇者なんかではないんじゃが、世界を消させないためにこの剣でお前たちを斬る」
自分たちの死を悟った四人は困ったような顔で苦笑した。
島崎玄柊はゼノライト、ウルフロバテーネ、ロゼメロの三人を斬り伏せた。
「あとはお前だけじゃな」
島崎玄柊が膝をついたカヨイの鼻先に勇者の剣の切っ先を突きつける。
「……そうだな」
カヨイは投げやりに答えた。
「一つ、訊いてもいいかの?」
「なんだ」
「お前を含め、四人ともわしに抵抗しなかったのはなんでじゃ?」
四人はほとんど抵抗することなく島崎玄柊に斬られた。
カヨイは目を逸らしながら答えた。
「別に。ただ勝てないということを悟って戦意喪失しただけだ」
「それだけじゃないじゃろう?」
「……」
「お前も桜澄に似て、隠し事ができんタイプじゃの」
「……他の三人がどう考えていたかは知らないが、俺は、マスターに幸せになって欲しかったんだ。ただ、それだけだったんだよ。こんなことは、やめて欲しかった。世界中のあらゆる人間や魔族がマスターの敵になっても俺たちは味方でいるから。復讐なんてやめて、ずっと五人で過ごしたかった」
「そうか」
「……マスターを突き動かすものが本当に神に対する復讐心であったなら良かったんだ。それなら俺はマスターを説得したはずだ。でも……マスターの原動力となっているものは復讐心なんかじゃない。マスターは殺してしまった人々に対する責任を果たすために行動していた。そんなの……止められるわけがないじゃないか。俺なんかに、止める権利があるわけないじゃないか」
島崎玄柊は何も言わなかった。
しばらく沈黙が流れた後、またカヨイが口を開いた。
「なぜ抵抗しなかったのかという質問にまだ答えてなかったな」
「ああ」
「もう大体察しがついていると思うが、俺は世界を消したいなんて思ってない」
「じゃろうな」
「だから無抵抗だった。他の三人も多分俺と同じような理由だと思う」
「ああ」
「マスターに任された以上責任を持って世界を消すつもりだったが、お前が現れて反魔の書を出してきた。勝ち目がないことが分かって少し気が楽になったんだ。ああ、これで俺は世界を消さなくて済むんだ、とな」
「そうか」
「そういう意味では感謝している。俺たちに立ち塞がってくれてありがとう。……できることなら、マスターにも世界を消させたくなかったが。もう俺にはどうしようもないな」
島崎玄柊は優しく微笑んだ。
「あっちは大丈夫じゃ。あの子たちがなんとかする。わしと違ってあの子たちは本物の勇者じゃからの」
それを聞いたカヨイは少しだけ目を細めた。