269 護衛達のレゾンデートル
あの頃の、この世界に来る前の自分、かつて、苦しんでいた自分が、そこにいた。
そう、マナトは思った。
「情けない……くっ……うぅ……」
右腕を両の目にあてた護衛から、嗚咽が漏れた。
「分かっていた……サーシャさまが、そこまで護衛を必要としていないということは。他のヤツらは気づいていないかもしれないが、俺は、気づいていた。外出時に護衛に囲まれると、いつも、小さくため息をつかれていた」
「……」
マナトは立ったまま、少しうつむいていた。
負の感情に苛まれながら護衛の漏らす言葉が、まるで、あの頃の自分が、いまの自分に向かって言っているかのような、あの頃の感情が、呼び起こされてゆくような……。
「それでもあの人には護衛が必要だと、俺は思っていた。いや、俺自身、そうあるべきと言い聞かせていた。それはやはり盗賊や獰猛種などの危害に遭われたとき、すなわち、有事のときために。……それが……それが……あぁ……」
「……」
「護衛される側にいるはずのサーシャさまに、俺は……」
嗚咽を漏らしながら、彼はただただ吐き出し続けた。
「トゲの鱗で身体中串刺しになって、失血でかすんでゆく意識の中、サーシャさまが戦われる姿を見た……」
「……」
「護衛される側にいるはずのサーシャさまは、強かった……」
「……」
「俺は、弱い。俺が、護衛である意味は、なんなんだ……」
「……」
「こうして、ロアスパインリザードにやられて、気がついたらここで倒れてて、サーシャさまに助けられて……俺の存在価値は、なんなんだ……」
「……あなたは、立派に、護衛の勤めを、果たされました……」
マナトは、声を振り絞るように、言った。これ以外の言葉が、見つからなかった。
――キィィ……。
扉が、開いた。
「……やれやれ、入るぞ」
「どうも、マナトさん。ここにいましたか」
彼と同じように深手の傷を負った護衛と、シュミットの2人が入ってきた。
マナトの目の前にいる起き上がれない彼よりはマシなものの、入ってきた護衛は松葉杖をついて、歩くのがまだ困難なようだ。
ぎこちなく歩き、寝ている護衛の側まで寄ると、マナトの横に立った。
「ちょっと、聞いてたぞ。存在価値って、そりゃお前……」
松葉杖の護衛が言った。
「俺たちが、強くなるしか、ねえだろ……」
「うぅ……」
「強く、なるしか、ねえよ……」
「うぅ……うぅ……」
松葉杖の護衛の言葉に、彼は嗚咽を漏らしながら何度もうなずいた。
「サーシャさまは……」
シュミットが、涙で濡れた頬の彼に、語りかけた。
「昨夜、流れ星を見たとき、両手を合わせて、とても美しい姿で……護衛隊の、あなた達の無事と回復を、ずっと、祈っておりましたよ……」
そのシュミットの言葉が、さらに彼の頬を、濡らした。
(岩石の村の者達との合流 終わり)