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第23話 魔王軍、働き方改革

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「魔族…の未来……」

アルスとセニアは魔王の一挙手一投足を見逃すまいと、ただただ疲れ果てて地面に大の字になっているだけの魔王を食い入るように見つめている。
エレナは横にいるだけだがなんとなく恥ずかしいので少し魔王と距離を取る。

改めて若い魔族を見てみると、遠目からでも分かる鍛えられた肉体と知性を感じさせる顔立ち。
今まさに魔王から何か一つでも学ぼうとしている姿から、人一倍の向上心も持ち合わせているのだろう。

なるほど。
初見ではあるが魔王が魔族の未来と評する気持ちもわからないことはない。

(……けどまぁ魔王ちゃんに限って何か事案が起こる訳ないだろうけどね。まぁいつか魔王ちゃんを超えられる様に頑張れ若者よ!)

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「…ハァハァハァ」

そろそろ狂龍病の発症を抑えるのも限界を迎えそうなエレナは、朦朧としながら最後に魔王と『力の発散』した時の出来事を思い出していた。

「アルス……セニア………魔族の未来………すっかり忘れていたわ。」

魔王の死は悲しいし忘れることなど出来る訳ないが、それ以上に魔王が愛したこの国を、自分自身が傷つけるような真似はしたくない。

エレナはすぐに身支度もそこそこに急いで魔王城へ向かった。


魔王城、城門前-

あれから体調のすぐれない自分の身体に鞭打ち、なんとか狂龍病の発症前に魔王城へ辿り着くことができた。

門の横に立っている兵士は専任なのかわからないが、前回と同じだった。

トラブルを起こしたせいか、門番もエレナを覚えていたようで、一瞬顔が歪む。

「アルスさんと……セニアさんに会わせて下さい………。」

「………お約束は?」

「約束はありません………。魔王様の友人、エレナが来たとお伝えいただけませんか…?」

「……………。こちらで少しお待ちください。」

門番は、少しの沈黙のあとエレナにその場で待つよう案内し城内に姿を消していった。


10分後-

門番が戻り自身の立ち位置で再び立哨する。

「間もなくアルス…様とセニア様がいらっしゃいます。」

少し遅れて城内から走る足音が聞こえてきた。

ハァハァハァハァ
ドタドタドタドタ

「お、お待たせしましたエレナさん。」

「お久しぶりです、エレナさん。」

現れたのは知らない男女の魔族だった。
魔族の中では珍しい瘦せ細った女とだらしない身体の男。
2人は自分のことを知っているようだが申し訳ないが記憶にない。

エレナが魔王城を訪れるときは決まって狂龍病発症前で体調があまり優れない時。到着後いつも挨拶もそこそこに疲れ果てるまで魔王との戦いに勤しむだけだった。

申し訳ないが、自分の世話を焼いてくれた魔族の顔を覚えている暇は無かった。

「……お、お久しぶりです。」

一応大人の対応として相手に嫌な想いを抱かせないように挨拶を返す。
このまま早くアルスとセニアの元に案内して貰わないとボロが出そうだ。

「……………」

が、案内の2人は笑みを浮かべたまま動こうとしない。

「「??」」

「あ、あの、アルスさんとセニアさんに一刻も早くお会いしたいのですが…?」

横で門番が「クククッ」と笑ったような気がしたが気のせいだろうか。

「あ、あのエレナさん…わ、私がアルスで、こちらがセニア…ですが…」

「う、嘘…?」

あの鍛えられた肉体の若い魔族たちはどこへ消えてしまったというのか。
到底目の前の不健康な女とギトギトの男が、魔王に魔族の未来とまで言われた2人と統一人物とは思えない。

「も、申し訳ありません。ここ数年内務だけで手一杯となってしまい、身体を動かせていないんです。」

それまで自分たちの身体の変化に気付いていなかったのか、自分たちを認識しないエレナに対し、急激に羞恥を感じているようだった。

「私、魔王ちゃんに狂龍病の件はお二人を頼ってって言われていましたが………やはり無理そうなので他をあたります……」

「え、エレナさんお待ちください!魔王様から、魔王様からしっかりご指示をいただいております。私たちにお任せ下さい!!」

魔王様?魔王ちゃんに言われているのか…なら大丈夫かな……


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エレナはアルスとセニアに引き連れられて魔王城の中庭に移動した。

今までは魔王の私室から移動していたので、正規のルートで中庭に向かうのは初めてのことである。

アルスとセニアは緊張の面持ちながら魔王が準備してくれていた魔法陣を起動、防御魔法と周囲からの視覚が遮断される結界を展開する。

「それではエレナさん、こちらの準備は整いました。僭越ながら我々2人がお相手を務めさせていただきます。」

「ほ、本当に大丈夫でしょうか…?あの、申し訳ないんですが一度『力の発散』の為に龍化すると、結構好戦的になってしまうもので…」

エレナは遠慮がちに伝えているが、要約すると『てめえら弱そうだけど死なねえだろうな』という事である。

「も、問題ありません。魔王様に結局最後まで勝てませんでしたが、我々2人のコンビに勝てる魔族は他にいませんでした。………ムカシハ…」

どう見ても弱そうな2人だが、昔の『魔族の未来』とアルスとセニアを魔王に紹介された頃の強そうだった2人の姿を思い出し、エレナも覚悟を決める。

「では………」

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「「……………」」

あまりにも弱過ぎる。

結界のおかげで周囲への影響は出なかったが、龍化したエレナと相対したアルスとセニアは勇敢にも正面から戦いを挑んだが、最初の咆哮で意識を手放し、そこからはあらゆる攻撃をもろに喰らい続け瀕死の重傷を負った。

これで生き残ったのは運が良かったとしか言いようがない。
それほど一方的な戦いであった。

龍化している時は興奮状態にあり戦いに集中しているが、人型に戻れば後悔の念に苛まれる。

(魔王ちゃん……私はこの人たち頼れないよ…。いつか殺しちゃうもん。)

こうしてエレナは人里離れたところに移り住み、可能な限り狂龍病の発症を遅らせる為、穏やかに過ごすことを誓ったのだった。

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エレナの過去の話を聞いた後、ちらっとアルスとセニアの方に視線を向ける。

2人は青い顔をしてダラダラと冷や汗を垂らしている。

「え、エレナさん、た、たたたたい、大変ご無沙汰しております。アルスです。」

アルスに続き隣でセニアが会釈をしている。

それまでレイラの母親は一方的に攻撃を加えた俺の事しか気にしておらず後ろの2人に気付いていなかったが、ここでようやく2人の存在に気付く。

驚いた表情を浮かべたが、なんとなくどう接していいのかわからないような空気感だな。

エレナからしてみれば、数少ない魔族の知り合いで、しかも親友だった魔王の忘れ形見である。
しかも、その忘れ形見をいくら魔王に頼れと言われたからといっても、一方的に痛めつけてしまったのだからそんな顔にもなるだろう。

「え、エレナさん、あの時は大変申し訳ありませんでした。」

アルスとセニアが深々と頭を下げる。

エレナにしてみれば自分が謝罪する側と考えていただけに、2人の謝罪はエレナを混乱させた。

「え?ちょ?やめて下さい、悪いのは私なんですから…」

「いえ、エレナさんは何も悪くありません。あれは全てトレーニングを怠っていた我々の責任ですわ。」

「しかも、エレナさんの親友でもある魔王様の言をまるで嘘のようにしてしまった。」

聞いてる限りの話だと、おそらく魔王の死直後の話。
お前らにトレーニングなんてする時間ある訳ないだろうよ。言い訳一つしないアルスとセニアが格好良すぎるわくそ。

「魔王様は、我々の強さに信頼をおいてくださっており、エレナさんのことを託されました。」

「それを守れなかったのはただただ我らの責任以外にありません。本当に申し訳ありません。」

「いえいえ、そもそも原因は私なんで…」

このまま放置していたら一生終わらなさそうなので助け船を出す。

「狂龍病の周期は今の話だと3年ごとくらいですかね?」

「は、はい。普通に生活しているとそれくらいの頻度だと思います。」

「で、あるならば次回こそアルスさんとセニアさんが対応すればいいじゃないですか。」

「し、しかし我々ではまた同じ轍を…」

言葉にはしないがエレナも同じことを考えていそうな顔をしている。

「また鍛えれば良いですよ。」

「「え??」」

「俺も手伝うので、その分トレーニング再開しましょう。事務仕事だけだと効率悪いですよ。」

そうなのだ、長期的に見た時、適度な運動やリフレッシュを挟まないと仕事の効率は悪くなる一方だ。

サラリーマン時代、栄養ドリンクを飲んで睡眠時間を削って働いていた俺を見かねた先輩が無理矢理俺を飲みに連れ出し、翌日強制的に休みにされたのは良い思い出だ。

翌日以降自分でも信じられないくらい仕事の効率が上がったことを覚えている。

この2人も責任感からか、自分たちの生活全てを内政に振り切ってしまったが、より高いパフォーマンスを見せるには程よい休息も必要なのだ。

「エレナさん、今のこの姿じゃ信じられないかもしれませんけど、この2人は本当に優秀なんです。だから魔王さんの言っていることは間違いじゃないんです。」

どこまで出来るかわからないけど、最悪さっきの調子で俺がタコ殴りになれば良いだろう。

でも俺はこの2人ならなんとかなるだろうと、半ば確信に近いものを持っている。

この世界は、なんとなく昭和の臭いがプンプンする。
体育会系ブラック企業の魔王軍だ。これを正しい方向に導くことが出来れば環境も筋肉も見違えるものになるだろう。

現代日本の社畜だった俺からすれば改革したい内容がわんさかある。

魔族版、働き方改革だ。

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