「ノゾム! 待ちなさい!!」
母親は大声で声をかける。
まだ小さい歩幅なので、走れば母親は追い付くのだが、追い付くだけではだめなのだ。
ノゾムの進んだ先には、交差点がある。
交通量はさほど多くはないようだが、母親からすればヒヤリどころではすまされない。
全速力で、母親は走った。
追いかける。
そよ風が強風の向かい風のように感じて、母親は顔を険しくさせた。
つんざくようなクラクションが鳴る。
全てが止まったようだった。
母親だけが走り続けて我が子を追いかけていたが、ノゾムは泣きじゃくりながらその場にへたれこみ、クラクションを鳴らした車もその場に停車した。
「おい!! あぶねぇだろ!!」
車の窓を開けて、運転手は怒声を轟かせる。
母親は顔面蒼白のまま謝り、ノゾムをタイヤすれすれから手繰り寄せた。
運転手はご立腹なままだったが、ノゾムの泣き声を聞いていられず、すぐに立ち去った。
ノゾムの体をあちこちみるも、へたりこんだ際の擦り傷程度で、車にぶつかったようではなかった。
「お母さん心配したのよー!!」
母親も一緒になって、泣き始める。
「なんで止まらなかったの?」
ノゾムは言葉に詰まらせながら口を開いた。
「後ろ、見たらね、知らない、おじ、さんが、追いかけて、きてた、から」
母親は、意味がわからず、首をかしげる。
この走った一直線には、ノゾムと母親しかいなかったはずだ。
「おじさんに、もっとそっち、もっとそっち、って、追いかけられてぇ……!!」
ノゾムが見た、そのおじさんを思い出したのか、またギャンギャンと泣き始める。
母親は優しく包み込むように抱っこし、右手で頭を撫で始めた。
ノゾムが言うには、電車を追いかけていたはずが、おじさんに追いかけられて、戻れなくなった、ということらしい。
(もっとそっちって、どこなのだろう)
母親は横断歩道を渡って、泣き止ますためにも、しばらく歩いてみた。
この辺には、背の高い草が生い茂っているか、フェンスで囲われた解体現場しかない。
子どもには幽霊が見えると言うが、その類いなのだろうか、と、背の高い草から、紺のネクタイが延びているのに母親は気付く。
よく見れば、鞄や靴も無造作に置いてあった。
母親は足がすくんだ。
スーツが見えたのだ。
そよ風が、優しく草を揺らし、スーツ姿のおじさんをあらわにしてくれる。
次に叫んだのは、母親の方だった。