あの花占いから、60年も経った。
病室でアイは一人、お見舞いでもらった花を無心で摘まんでいた。
ベッドの上に、たくさんの色とりどりの花びらが落ちている。
「アイ、何してるんだい!」
僕は、慌ててアイを止める。
「ユウ君、花占いって、知ってる?」
60年前に聞いた問いである。
「……好き、嫌い、って言いながら、花びらを摘まむやつ?」
「そうそう」
アイは弱々しく笑ってみせる。
僕は思い出して、病室を飛び出す。
あまりしたくはないが、花壇から一輪のマーガレットをとり、病室へと向かう。
「アイ、この花で占ってみなよ」
僕が白いマーガレットを渡すとアイは、ふふふ、と小さく笑った。
「ユウ君、知ってる? この花の花びらは、21枚なんだよ」
「へー、そうなんだ。アイは物知りだね」
アイは、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、やってみようか」
そう言うと、花占いをアイは始めた。
「アイは、もっと生きて、ユウ君と一緒にいれる、いれない……いれる! ふふふ、ユウ君、まだ一緒に生きていけるって!」
アイは、顔をくしゃくしゃにして笑う。
僕は、なぜだろうか、泣いていた。
泣きながら、うん!、と力強く一つ頷いた。
僕は知っている。
アイの死期が近い事を。
それに、認知症も進んでいて、いつか僕の事も近いうちに忘れてしまうだろう事も。
今の花占いも、過去を思い出したのか、本当に初めて僕にやった体になっているかは分からない。
でも、花びらの数は覚えていたのだ。
僕は、挨拶をして病室を後にした。
花壇の前で、もう一輪だけ、マーガレットを摘む。
「アイは、僕のことを忘れない、忘れる……忘れない。うん、大丈夫だ」
僕は、占いを信じないタイプの人間だが、この時だけは信じたくなった。
マーガレットの花言葉は、心に秘めた愛。
その花で、アイは僕の事を忘れないという結果なのだ。
花壇に散らばった白い花びらを見て、僕は、よし、と呟いた。
空は、今にも雨が降りだしそうだったが、遠くの空に一筋の光がさしこんでいた。
まるで、今の僕の心の中のようだった。
「了」