修行
翌朝。
僕は大和に言った。
「今日僕たち四人はこの前言ったように、この国のお偉いさんと交渉しに行くから大和は修行しててね」
「分かりましたけど、素振りとかしてればいいですか?」
「いや、こいつらに修行をつけてもらってて」
僕は狼と狐を指差した。
「あれ? そういえば昨日いつの間にかいなくなってましたけど、この子たちはどこにいたんですか?」
「僕と恭介の影の中に隠れてたね。こいつら連れて街中歩くわけにはいかないでしょ」
僕が答えると、大和は感心したような表情で狼と狐を見た。
「へぇー。すごいですねこの子たち。さすが神様。あ、そういえば名前を聞いてなかったです」
「こっちが小太郎、こっちが凛」
僕は狼と狐を順に指差した。
「お二人ともよろしくお願いします」
大和は小太郎と凛に丁寧に頭を下げた。
狐の凛は澄まし顔で大和を見ている。
狼の小太郎は大和に擦り寄った。
「あれ? なんか懐かれてるね」
天姉が首を傾げる。
「なんででしょうか?」
「んー。あ、大和の苗字って大神だったよね?」
恭介が突然そんなことを確認した。
「はい。大神大和ですけど」
大和は不思議そうな顔で答える。
恭介が説明した。
「日本語の狼の語源は大神って説があるらしいよ」
「そうなんですか?」
「ほら、狼って畑を荒らす猪とか鹿とか狩ってくれるでしょ? だから畑を守る存在ってことで崇められてて、狼を神として祀る狼信仰とかもできたりしたらしいよ。もしかしたら大和って狼と縁があるのかもね」
大和は恭介の説明に納得したのかしてないのか、曖昧な相槌を打った。
「はぁー。確かに小さい頃から狼結構好きですけど。えっと、それで結局この子たちに修行をつけてもらうってどういうことですか?」
「こいつら魔法使えるんだけど、それを躱したり防いだりしてて。それが修行」
僕が適当に説明すると
「アバウトですねー。分かりました」
大和も適当に返事した。
「ちゃんと休憩しながらやれよー。ほんじゃなー」
僕が手を振ると、大和は笑顔で振り返してきた。
「はい。いってらっしゃい」
けいたちを見送った後、俺は押入れの中に入り準備運動をした。
「よし! 始めましょうか。改めてよろしくお願いします」
俺が頭を下げると、真似するように小太郎も凛もお辞儀した。
俺は木刀を握った。
二匹と俺は少し距離を取った。
五秒程見合っていると、突然二匹の頭上に茶色の線で描かれた魔法陣が出現した。
「おぉっ!?」
俺はそれに驚いたと同時に、空気の塊のようなものに押されて尻餅をついた。
「これを避けたり防いだりするのか。なるほど」
俺は素早く立ち上がり、また木刀を構えた。
今度は空気の塊を木刀で受ける。
「ぐぎぎぎ! ……よし!」
手が痺れたが、なんとか倒れることはなかった。
「でもずっとこれじゃ手がエラいことになるな。上手に受け流さないと」
それから一時間。
ひたすら避けて、防いでを繰り返した。
「はぁ、はぁ、なんとかコツは掴めてきたかも」
ほとんど手に負担なく受け流すことに何度か成功した。
あとはこれを毎回できるようにするだけだ。
そう思って次の魔法を受け流そうとしたとき、足がよろけて受け流しに失敗して木刀が折れてしまった。
「ありゃま。でも大丈夫! コレクト!」
俺が魔力を込めると木刀が元通りになった。
「よし、ちゃんと直ったぞ。……ん?」
俺はあることに気がついた。
今、木刀は二つに折れた。
そして俺は手元にある方にコレクトしたのだ。
すると足元に転がっていたもう片方は消えてしまった。
「これは……」
ということは、もし俺の腕が切断されてその切断された腕に向かってコレクトすれば、俺の体が消えてその腕の方に体が生えてくるってことになるのではないだろうか。
「こわっ! 帰ってきたら日向に相談してみよ……」
その後は、たまに休憩を挟みつつ受け流す練習を続けた。
……。
何時間経ったのだろうか。
ここは時計もないただの真っ白な空間なので、今が何時なのか分からない。
俺は無心で修行を続けていた。
突然入り口である押入れの扉が開かれた。
けいが手を振りながら入ってくる。
「大和ー。帰ったよー。お? 今日ずっとやってたの?」
「……ん? あ、帰ってたんですね」
俺は一瞬遅れてそれに気づいた。
けいは近づいてきて
「やっぱ根性あるね~。ちょっと手みせて」
と言ってきた。
「? はい」
俺は不思議に思いながら手を差し出した。
そしてびっくりした。
俺の手は自分の意志と関係なくプルプルと震え、マメが潰れ血が出ていた。
「あ、全然気づきませんでした。こんなことになってたんですね」
「流石努力家だね」
けいはニコニコしながら俺の手を見ている。
「かっこ悪いですね。こんな情けなくプルプル震えてるの見ると悲しくなります」
俺はなんだか恥ずかしくて手を引っ込めた。
「いやいや。努力の証でしょ。どうする? テーピングしとく?」
「風呂上がってからにします。とりあえず風呂行ってきます」
けいは頷いた。
「分かった。体マッサージしとけよー」
「はーい」
俺はふらつきながら温泉に向かった。
「小太郎も凛もお疲れー。頑張ったねー」
けいは二匹の頭を撫でていた。
風呂から上がった後、昨日のようにみんなで集まった。
「テーピングしてるね。頑張りすぎた?」
天姉が大和に訊いた。
大和は首を横に振る。
「俺の体が弱いだけです。そんなことよりコレクトについて質問したいことがあるんですけど」
日向が頷く。
「昨日は検証の途中で終わったしな。私も気になってる」
「俺の魔法って壊れたものを元に戻せるじゃないですか。それで今日も木刀が折れる度にコレクトで直してたんですけど、木刀が真っ二つに折れたとき、片方にコレクトするともう片方は消えたんですよ」
「ほーん」
日向は興味深そうに相槌を打った。
大和が上目遣いに訊いた。
「これって、例えば俺の腕が切断されてその腕に対してコレクトしたら、俺の体は消えてその腕から体が生えてくるってことでしょうか」
日向は少し考える素振りを見せてから答えた。
「んー。多分そうはならんな。上手く説明できる気がせんけど、せやなー」
日向は説明の仕方を考えているようだ。
また少し考えてから日向は口を開いた。
「コレクトって状態異常を治すんやろ?」
「はい。状態異常を治して、状態を正常にするのがコレクトです」
「さっき大和が言った場合やったら、正常じゃないのは切断された腕じゃなくて大和の体やん?」
「……んー。そうなるんですかね?」
「せやから多分切断された腕にコレクトしたら消えるんはその腕やと思う。そんで大和の体が元通りになるはず」
「なるほどー。……そうですね。確かにそうかもしれないです。なんか安心しました」
大和は肩の力を抜いた。
「てか大和自身にコレクトしたらどうなるんやろな。それは試してないん?」
「あ、そういえば試してないですね」
「昨日は日向の魔力が回復したよな。ってことは自分の魔力も回復すんのかな」
僕がそう言うと、恭介が
「それができたら最強だな」
大和に期待を込めるような目を向けて言った。
「やってみましょうか。……コレクト」
大和は胸に手を当ててそう呟いた。
「……見たとこ魔力は回復しとらんな」
日向が大和をじっと見てから言った。
僕はやっぱりなと思った。
「そりゃそうか。それが出来たら質量保存の法則が壊れる。やっぱ無から有は生み出せないんだな」
「いや結構壊れてると思うけどな。昨日私が回復した魔力量は大和が消費した魔力量より遥かに多いし」
大和は安心したようなガッカリしたような口調で言った。
「そもそも自分には効果がなかったのか。さっきのは杞憂でしたね」
ふと、天姉が言った。
「ん? 大和、テーピング外してみて」
「え、さっき巻いたばっかなんですけど……まぁいいですけど」
大和がテーピングを外す。
すると大和の手に先ほどまであった潰れたマメが無くなっていた。
恭介がそれを見て
「あ、体にはちゃんと効果あるのか」
と言った。
「いよいよわけわからんな」
日向が苦笑する。
「あれ? これは今日の努力が消えちゃったってことですかね?」
大和が不安そうに訊いた。
「別に時間を戻したわけやないやろ。体の状態を正常にしただけなんやから今日の努力はちゃんと成長に繋がってるはずや。多分」
「それなら良かったです」
大和は確かめるように手をグーパーした。
「思ったより色々使えるみたいだね」
恭介が褒めるように言った。
「大和結構強いかも」
僕もヨイショする。
大和は少しだけ誇らしげに言った。
「仮にも召喚された勇者ですからね。……勇者といえば、コザクラさんが折っちゃったっていう勇者にしか抜けない剣って剣身がまだ地面に刺さってるんですよね?」
「……あ、そっか! コレクトで直せるのか!」
僕は大和の言いたいことが分かって思わず声を上げた。
「やっぱりそうですよね!?」
大和が希望に満ちたキラキラした目で見てくる。
「ほんまやな。勇者の剣があるのは次の目的地の国やしちょうどええな。ちょっと寄って行こうか」
日向の言葉を聞いて大和は勢いよくガッツポーズした。
「やったー! やっと勇者っぽくなれるぞ!」
「良かったな大和」
恭介がそんな大和を優しい目で見ながら言った。
「はい! めっちゃ嬉しい!」
大和は全身で喜びを表現していた。